

Stroke of fate
ストローク・オブ・フェイト
ニンジャスレイヤーファンフィクション
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1
しとど雨降るネオサイタマ、傘の花咲く夕暮れであった。
喧噪届かぬ広いヤクザ屋敷、山水を模した庭で、二人の男が向かい合っている。彼らの間にはアトモスフィアがあった。イクサのアトモスフィアだ。その殺気に庭のバイオコオロギさえ静まりかえっている。シシオドシの音だけが、剣呑な空気を知らぬかの如く鳴いていた。
「ザッケンナコラー……テメッコラー」リーゼントの男が、低く威嚇する。対面したコートの男は、向かい風をいなす鳥のように飄々と言う。「生憎、ツジギリ風情でね。ヤクザの仁義なんざ守るつもりはない」
リーゼントの男は拳を握る。ぎしり。レザーグローブが鳴り、油断なくカラテが構えられる。対するコートの男の表情は読めぬ。フードをかぶり、顔を無機質な鈍色のフルメンポで覆っているからだ。その右手は無造作に、しかしいつでも腰のカタナを抜ける。次のシシオドシが合図となろう。
両者の間にある張り詰めたアトモスフィアが満ち、溢れ、竹の高らかな音が響く。――はたして、相対するニンジャふたりが動いた!
*
ヤクザビルのエレベーターを降りると、広いペントハウスであった。電子戦争以前に使われていた硬貨を紐で繋いだ、勇壮な蛇の細工物がソニックブームを出迎える。高い天井、南方と東側は全面防弾ガラス張り。
ミカジメと脱法ビジネスで潤した懐から薄汚いマネーをつぎ込み、高価な壷やカブトなどを飾っているが、いささか派手すぎる。ソニックブームはグレーターヤクザに先導され、応接スペースへ通された。
ソファには三人の男が座っており、その内二人がショーギに興じていた。グレーターヤクザが、ショーギを指している片方の男にオジギした。「オヤブン。ソウカイ・シンジケートのソニックブーム=サンです」男は頷き、ショーギ盤に駒をさすと立ち上がり、存外人なつこく笑った。
「ドーモ。チクゼン・コバカワです。お待ちしとりました」白髪交じりの角刈り、彫りの深い目元が印象的な壮年の男だ。ソニックブームもアイサツを返す。「ドーモ。ソニックブームです」「この度は、こっちの我が儘を聞いてもらって、助かりやす」彼が、このヤクザビルの主、アオショーグン・ヤクザクランのオヤブンだ。
かつては武闘派ヤクザだったようだが、ジャノミチ・ストリートを支配するようになってからは、ナワバリを守ることに注力している。「なに、俺様が来たからには大船に乗った積もりでいてくれ」次いで、ソニックブームは、チクゼンの対局相手を見やる。
顎に手を当ててショーギ盤の趨勢を見守る、痩せた男。隠しようのないニンジャ・アトモスフィアが、その男にはあった。「ダメだ。マイッタ」やがて降参するように息を吐き、背もたれに体を預ける。そこで男は初めて、その湖めいた目でソニックブームを見た。一見涼しげだが、底が淀んでいる目だ。
「オヤブン。ニンジャがいるってのは聞いてねえな。これは良くないぜ……オイ、名乗れ」男は、ソニックブームを油断ない眼差しで射貫き、視線を外さず頭を下げた。「……ドーモ、シルバーカラスです。ソファの脇に、やや小ぶりなカタナが立てかけてある。恐らくそれが、このニンジャの得物なのだろう。
「シルバーカラス=サンは、個人的に雇っている用心棒なんですわ」「なるほど」チクゼンの言葉に頷いたソニックブームは「イヤーッ!」出し抜けにチクゼンにカラテフックを打ち込んだ。瞬間、ニンジャ跳躍力でソファから跳ね上がったシルバーカラスがインターラプトし、カラテフックを鞘ぐるみのカタナで弾き返した。
更に、ソニックブームに肉薄し、鞘からわずかに抜いたカタナの刃を首に押し当てる。「テストにしては、不調法だろ。なぁ? ソニックブーム=サン」ソニックブームは悪びれず、首筋に当たる刃を手で押し戻す。
ワザマエは確かなようだが、ニンジャのアンブッシュに全く動じず、ソニックブームを責めもしないチクゼンの腹の太さも評価できる。やはり、ヤクザボスはこの位でないと務まらぬ。シルバーカラスとやらにも、信用を置いているのだろう。「合格だぜ」「そいつはドーモ」
「や、やめましょう! そこまで。ね?」両者の間に、三人目の男が割って入った。似合わぬヤクザスーツ姿で、全体的に卑屈なアトモスフィアがある。ソニックブームが彼を一瞥すると、男は縮み上がった。チクゼンが苦笑する。「息子のキンゴですわ。ヤクザには向かんタチですが、息子は息子なもんで。さ、どうぞ、お掛けんなってください」
ソファに落ち着くと、側近ヤクザが熱いチャを出す。それを横目に、ソニックブームは切り出した。「俺様が来たのは、今回の件をソウカイ・シンジケートが仕切る為だ。そこんとこは、いいかい」チクゼンは頷く。「これ以上、あいつらの好きにさせん為ですから」あいつら、とは、彼の仕切るジャノミチ・ストリートを狙う、ノボリドラゴン・ヤクザクランである。
少し前、ジャノミチ・ストリートで、傘下の小規模クランが襲撃され、余すところなく命を落した。現場を訪れたマッポさえ顔を歪める陰惨な現場の数々は、敵対クランのカチコミを疑うに充分だった。そして、疑いは事実としてストリートに顕在化した。
手薄になったストリートで好き勝手しだしたのが、ケゴン・ストリートをナワバリとする、ノボリドラゴン・ヤクザクランだ。長らく隣接するナワバリを巡って小競り合いが続いていたが、相手がニンジャを雇いこんでジャノミチ・ストリートを荒らし始めたのだ。
「最近じゃ連中、うちのナワバリでトロ粉末まで捌きだしやがった。ウチのとは比べものにならん粗悪品だが、バイヤーを調べてた連中が死んじまったもんで」チクゼンは苦々しげにユノミを卓に置いた。「で、ニンジャにはニンジャを、って事か」ソニックブームはそう言って、モノホシ・タバコを咥えた。
側近ヤクザが素早くライターを近づける。一服つけながら、無関心げに同じく煙草を吸うシルバーカラスに目をやる。「こいつ、用心棒だって話だが、実際使ってるか?」「いや、まだそこまで切羽詰まっちゃいないんで。ショーギだのチャだの付き合わせてて、申し訳ねぇぐらいですわ」「なんだ、タダ飯食いかよ」
シルバーカラスが不本意そうな眼差しを向ける。ソニックブームは人の悪い笑みで応じる。「俺様が来たからにはそう言うのはナシだ。コトが動くまでは、俺様と来て貰うぜ」不本意そうな眼差しはソニックブームからチクゼンに移るが、なだめるような顔を向けられた。
シルバーカラスは煙草の火を消した。「……チクゼン=サンがそれで良いなら、こっちは構わないが」「なら、決まりだ。このビルの守りはクローンヤクザを配置して強化させる。テメエは、俺様と仕事だ」ソニックブームはくわえ煙草で不敵に言う。
「何すりゃ良いんだい、ヤクザの旦那」観念した様子のシルバーカラスに、ソニックブームは言う。「パトロールだよ。ついでに、そのトロ粉末を捌いてる奴らを調べる」シルバーカラスはしばし考える様子を見せた後、ソニックブームに言う。
「条件が二つある。ジャノミチ・ストリートから出ないこと。何かあったら、チクゼン=サンの安全を最優先すること。飲めないなら動かない」ニンジャひとり満足に扱えないことには、この先何も為しえぬ。ソニックブームは寛大げに頷いてみせた。
2
『大きく夢』『回転数が全て』『カクヘン』射幸心を煽る文言とLEDハナワ・リースが連なる、ジャノミチ・ストリートの目抜き通り。カード、スロット、パチンコ、オスモウ、犬など各種カジノが揃っているのが、このストリートの特色だ。
法外なレートで行われる地下ツボフリ・カジノも存在し、選ばれた者がそこでカジノとオイラン、高級大トロ粉末を楽しむことができる。こうした場所のミカジメや地下カジノの運営が、アオショーグンの収入源となっている。そんな通りにある、パーラー『カワイイタマチャン』の前。
「ナンオラー! ちっとも出ねぇじゃねえかオラー! 店長出せ! 責任取れコラー!」「アイエエエ! 困りますお客様!」ディーラー風の制服を着た女性店員が、店の前で男に難癖を付けられていた。「ザッケンナコラー!」「マ、マッポを」「呼べるモンなら呼べやオラー! スッゾ!」
通行人は遠巻きにそれを眺めて我関せずである。難癖男の腕には鯉の刺青が入っていたのだ。ヤクザ抗争の弊害である。表通りでもこんな横暴がまかり通るようになってしまった。「アイエエエエ……」あわや店員が胸ぐらを掴まれそうになったところを、スパイクつきのブレーサーをした腕が遮った。
難癖男が振り返ると、派手な柄シャツ姿で威圧的な微笑みを浮かべたリーゼントの男―ソニックブームの大きな体。「ドーモ。ウチの店で何か不手際が?」「エッ?」ソニックブームは表情の硬直した男の肩を抱き、有無を言わせず路地に引き込んでいった。「それじゃあ、ゆっくり話しましょうかねェ」
「オイ。怪我ないか」突然の展開に戸惑う店員へ、別の男が声をかける。先程の男と対照的な、暗色系の格好をした細身の男だ。見た目こそ違うが、先程の男と揃いの、アオショーグン・ヤクザクランエンブレムを付けている。「アッハイ、平気です。あの……」
その時路地の奥から派手なヤクザスラングが聞こえ、コートの男は渋面を作った。「あいつの事はこっちに任せろ。あんたは店に戻ってくれ」そう言いおき、男―シルバーカラスも路地へ消えた。困ったものだ。血の気の多い奴と一緒だと面倒が増える。
とはいえ、自分を連れ出したソニックブームのストリート状況判断は的確ではあるのだ。ストリートの者達は、自分たちを守らぬケツ持ちにミカジメは納めない。アオショーグン・ヤクザクランは外敵を追い払えると示す必要がある。その為の哨戒行動と、トロ粉末バイヤー駆除。一人で賄うには面倒だ。
何人か見つけたバイヤーは、ソニックブーム曰く「ハズレ」だ。彼らは末端。烏合の衆を束ねる元締めがいる。ここ数日のこちらの動きでニンジャを雇い入れたと知れたのか、オヤブンから聞いたようなニンジャの襲撃はない。膠着が続くのは望ましくない。何でも良い、突破口が欲しかった。
果たして先程の男は突破口となり得るか。シルバーカラスが追いついた時には、その男はゴミ捨て場で失禁し泡を吹いていた。無理からぬ事だ。ソニックブームのヤクザスラングは、ニンジャのヤクザスラングである。その威圧効果はおそらく常人ヤクザの数倍にも及ぶのだ。「その辺にしておけよ」
モノホシ・タバコに火を点けるソニックブームを横目に、シルバーカラスは身を屈め、男の頬を軽く叩いた。「おい、生きてるか」「アイエエエ……」現実に戻って来た男に、シルバーカラスは静かに尋ねる。「どうして、あんな事してた?」男は目を泳がせ、陸に上がった魚じみて口を開閉させる。
「ギャンブルなんてのは、余程じゃなきゃ損するように出来てるもんだ。万札が何枚飲み込まれりゃあ、あんな騒ぎ方ができる?」男は、ソニックブームとシルバーカラスを交互に見た。シルバーカラスがやや語調を和らげ、言う。「話しちゃくれないか」それが決定打となった。
しかし、男の証言は、二人のニンジャにとって予想の範疇を超えなかった。散発的に騒ぎを起こして、客足の減少やアオショーグン・ヤクザクランへの不信、不安を煽ることが目的。「全部喋ったので殺さないで……」「殺しゃしない。行っていいぜ。ただし、次はないと思ってくれ」「アイエエエ!」
男はゴミ捨て場から這いずるように、表通りへ向かっていった。ソニックブームが非難がましい視線を寄越すが、適当にあしらう。「放っておけば、あっちから接触してくるだろ」果たして、言葉通りの展開となった。二人を通り過ぎる男の後頭部に、クナイ・ダートが深々と突き刺さったのだ。
絶命する男を見向きもせず、二人はほぼ同時にクナイの飛び来た方角を見上げた。シルバーカラスはカタナに手をかけ、ソニックブームは煙草を革靴で踏み消し、パーラーの瓦屋根から飛び降りる影に油断ないカラテ警戒を向ける。
着地したのは、薄墨色のニンジャ装束に身を包み、縁起の良い雲を象ったクナイを、腕のホルダーに何本も挿した若いニンジャだった。「ドーモ! シグナルロケットです!」「ドーモ。ソニックブームです!」「ドーモ。シルバーカラスです」「撒き餌に食い付いてくれて嬉しいぜェ。イヤーッ!」
シグナルロケットの右手が閃く。シルバーカラスは即座に壁を蹴り、ソニックブームを飛び越えた。「イヤーッ!」空中で抜刀し、着地時には利き手に逆手でカタナを握っている。コンマ数秒後、両断された雲型クナイ・ダートが足元に落ちて硬質な音を立てた。
「掛かったなイディオットめ!」「掛かったのはテメェだ、シグナルロケット=サン!」シグナルロケットの襟元にとまる昇り龍のエンブレムに、ソニックブームが獰猛に笑う。一方、カタナを収めたシルバーカラスは舌打ちした。「悪いな旦那、面倒を増やした」
シルバーカラスが断ち割ったクナイから、薄墨色の煙が爆ぜ、視界が奪われた。ナムサン! 煙幕だ!「俺のケムリに巻かれて死ね!」シグナルロケットの哄笑に表情を険しくしたシルバーカラスの傍らで、鼻で笑うようなアトモスフィアが確かにあった。
3
ノボリドラゴン・ヤクザクランのシグナルロケットは、得物を前にほくそ笑んだ。彼の十八番は、煙を意のまま操るノロシ・ジツ。発煙クナイの煙幕を一定空間にとどめ、なす術ない相手をサーモゴーグル越しに仕留める。
アオショーグン・ヤクザクランの下部組織を潰して回ったのも、トロ粉末のバイヤーを突き止めようとした構成員を殺したのも、彼の功績だ。ニンジャが2人がかりだろうが、自分のジツがあれば無敵だ。シグナルロケットはクナイでシルバーカラスを牽制しつつ、ソニックブームに躍り掛かった。
「イヤーッ!」タタミ一枚先も見通せるかどうかの濃い煙が立ちこめる中、ソニックブームは風切り音をニンジャ聴覚で聞き取り、クナイを弾き返す。深刻な部分への攻撃は防げているが、既に数カ所浅く切りつけられている。カラテに重さのない、本来相手にならない筈のニンジャだが、誤算があった。
風通しが悪い袋小路とはいえ、屋外だというのに煙幕が晴れない。表通りへ逃げて煙を散らすことも考えたが、下手に動いて表通りのモータルどもを狙われるのは、後々クランにとって不利に働く。ここで確実に仕留め、相手クランの情報を引き出さねば。
シグナルロケットは、クナイ投擲と接近カラテを巧妙に組み合わせてくる。カラテシャウトと金属音がするため、シルバーカラスも交戦していることは分かる。戦況は不明だが、ここで死ぬことは無いだろう。
あの男のワザマエは、ソウカイ・ネットで調べた情報と自分が確かめた姿で、おおむね信用している。フリーランス、用心棒、殺し屋、稀にサイバーツジギリ。シンジケートが雇った事もあれば、敵対組織に雇われていた事もあった。十二分に「使える」ニンジャだ。
何度目かのクナイを弾いたところで、「イヤーッ!」胸板に速さの乗った両脚蹴りを食らった。「グワーッ!」転倒!「ブザマ!」嘲るシグナルロケットの声。「ザッケンナコラー!」ネックスプリングで跳ね起きる。煙に巻かれてシルバーカラスに見られなかったことは幸いだった。
その目と鼻の先、淡く浮かぶ細い光がふたつ。シルバーカラスのメンポだ。「無事か」「誰に聞いてンだ」互いの背中を守るように立ち、両者はそれぞれのカラテを構えた。シルバーカラスのやや苛立った声。「煙幕が面倒だ。こんなに長く続くとなると、その手のジツか、テックか」
ソニックブームはクナイを弾き返しながら囁く。「俺様がどうにかしてやる。煙が薄くなったら仕掛けろ。しくじるなよ」「……分かった」ソニックブームは体を反転させ、シルバーカラスより前に出る。軽くグローブをはめた右手を開閉させ、カラテを構える。「イィィヤァーッ!」ソニックブームは、彼本来のカラテを上方へ打ち上げた。衝撃波が、彼を襲うクナイさえ跳ね返した。
瞬間的に空気の流れが変化し、視界が一瞬晴れる。壁や路面に何本か刺さった雲型クナイ、そして空中で攻撃態勢のシグナルロケット。「充分だ」シルバーカラスが、気流に逆らい再び収束し始めた煙の中を跳んだ。「イヤーッ!」「イ、イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
連続する金属音が止み、シルバーカラスが期待通りの戦果を告げた。「抑えた」シルバーカラスは鞘ぐるみのカタナと片腕で、うつ伏せのシグナルロケットを後ろ手に押さえ込んでいる。
「手こずらせやがって」「二人がかりでやっとかよ。大したことねえなぁ」「ソマシャッテコラー!」ソニックブームはヤクザスラングを相手の語尾にかぶせた。「カラテがあるなら逃げられるだろうが。やってみろよ」シグナルロケットの頭をストンピングした。くぐもった呻き声が上がる。
「テメェ程度のカラテで思い上がるな。ヤクザだろうがニンジャだろうが、上には上がいる。分かるか?」そう言いながら、シグナルロケットのクナイをホルダーから引き抜いた。「木っ端ニンジャがヤクザ抗争に関わるなんざ、美味いリターンがあるか、オヤブンがテメェより格上だ。違うか?」
溜息をついたシルバーカラスが拘束の力を強める。「ノボリドラゴン・ヤクザクランの戦力。他にニンジャはいるか? 全部吐け」ソニックブームがクナイを弄ぶ。「なんだ? ヤクザらしくケジメでもしようってのか」「抜かせ」ソニックブームは手にしたクナイでシグナルロケットの右目を突いた。
「グワーッ!」暴れるシグナルロケットを、シルバーカラスが更に抑える。ソニックブームは新たなクナイを手に取った。「左行く前に言うか? どうだ?」「……やってみろよ」答えを聞き終えぬうちに左目にもクナイが刺さる。「グワーッ!」
「どうだ?」「ア……オヤブンだ。モトヤス=サンがニンジャだ」両目を潰されたシグナルロケットが口を割った。モトヤス・テイクチ。ソニックブームも名前は知っていた。争いの絶えなかったケゴン・ストリートを腕っ節だけでまとめ上げた、武闘派中の武闘派リアルヤクザだ。ニンジャだったことは把握していなかった。「他は」
「もうひとりニンジャがいる。俺は詳しくない。残りは、元からクランにいた連中だ」「ニンジャはお前入れて三人か」シグナルロケットは水牛の民芸品めいて首を上下させる。「そうか」三本目のクナイを持った手を振りかぶる。「待て」シルバーカラスが制止の声を上げるが、無視した。
ソニックブームはダーツの的当てをやるように気軽なフォームで、シグナルロケットの後頭部にクナイを放った。「アバッ」シグナルロケットは痙攣した。「サ、サヨナラ……!」それだけ言うのがやっとの態で爆発四散し、彼の煙は爆風に煽られ霧散した。
乱れたリーゼントを櫛で整え、ソニックブームは不敵な表情だ。「やり易くなった。あっちの頭さえ潰しゃあ、後はソウカイ・シンジケートで収められる」シルバーカラスがかぶっていたフードを降ろし、苦々しい表情をこちらへ向けた。「何だァ? 文句でもあんのか。エエッ?」「聞きたい事があった」
シルバーカラスは煙草に火を点けると、オイルライターを放ってきた。ライターを受け取り、火を点ける。「あっち側にそれだけニンジャがいるなら、さっさとチクゼン=サンを狙えば良かった筈だ。なのに、そうしなかった。どうしてだ?」
言われてみれば、確かにそうだった。戦力にニンジャを有する割に、ナワバリ獲得の最短ルートを通っていない。「なぁ旦那。野心があるのか後が無いのか知らんが、逸らんでくれよ」どこか非難がましい言葉に、ソニックブームは舌打ちした。
確かに気が逸っているのは認める。このヤクザ抗争を収めることは、ソニックブームにとって千載一遇の好機だ。できるだけ迅速に、手抜かり無く収束させたい。しかし、それをこの男から指摘されるとどうにも面白くない。そのせいか、鳴りだしたIRC端末の通信要請に応じる声は、八つ当たりじみて尖っていた。
「モシモシ! ソニックブームです! ……アァ?! ……アー、分かった、すぐ戻る」通話を終了させるや否や、「アッコラー!」腹立ち紛れにパーラーの壁を殴りつけ、コンクリートを抉り取った。訝しげな視線を寄越すシルバーカラスに、通話の内容を伝える。
「あのニボシ野郎が! あっちのクランと交渉を引き受けたんだとよ!」「ニボシ?」「オヤブンの息子だ! ノビドメ運河の屋形船で! 勝手しやがって!」「……急だな」「あぁ。とにかく戻るぞ」ほとんど唸るように感情を押し殺し、ソニックブームは表通りへ歩き出した。ところが、シルバーカラスのついてくる気配がない。
ソニックブームは振り返り声を荒げる。「何モタついてんだ、行くぞ!」シルバーカラスは、シグナルロケットの犠牲となった男の死体に片合掌していた。ボンズ気取りか。「待たせて済まんね、旦那」「ツジギリ風情がお優しいな」
シルバーカラスは答えず、空になった煙草のケースを握りつぶした。こいつは、無用な暴力や殺しへの忌避感が強い割に態度をハッキリさせず、本心が分からぬ。その癖こちらを見透かす目は確かで、それがカンに障る。
ソニックブームは改めてシルバーカラスを評価する。使えるニンジャだが、信用はできない。
4
「本気でキンゴ=サンの話に乗るのか」キンゴがソニックブームから失禁寸前まで怒鳴りつけられる声を聞きながら、シルバーカラスはチクゼンとショーギに興じていた。「ソニックブーム=サンにゃあ、悪いことしたと思っとりますけどね。キンゴがクランの事考えてンなら、次のオヤブンの器を計る良い機会ってもんで」
チクゼンは、キンゴにとっては父であり、またヤクザのセンセイでもある。シルバーカラスは、憧憬混じりの眼差しで彼らの関係を好もしく捉えていた。「言っちゃなんだが、キンゴ=サンにそこまでの器量はまだ早いんじゃ無いかね」やや心配げなシルバーカラスを盤上で追い詰めながら、チクゼンは口の端を吊り上げる。
「なに。ダメならその時は、ソニックブーム=サンが何とかしますよ。話はつけてある。私はケジメでもして、引退しまさァ」チクゼンは、指が三本の左手を振って見せた。「引退?」シルバーカラスは、あと数手で負けそうな盤面から顔を上げた。「そりゃあ、また……」
チクゼンは駒を手の中で転がしながら言う。「……疲れちまった、って言うのが、本音さなァ。クランの抗争も、昔ほどシンプルじゃなし。ニンジャなんて訳の分からん奴らも出て来て、跡目を育てるのも失敗した」チクゼンは苦いチャを啜る。
時流に残された男が、部外者にこそ言える弱音だったのかも知れぬ。「お前さんのワザマエもな、随分長いこと腐らせちまって、済まんかった」「頭上げてくれチクゼン=サン。あんたが謝ることじゃない」食客同然で雇われていることに甘えているのは、他ならぬ自分だ。
少し前の彼ならば、長らくオヤブンの茶飲み友達に甘んじるようなことはなかったろう。イアイドージョーを構えるカネの為、実入りの良い殺しのビズを精力的にこなしていたような男だ。それが、いざ目標額に到達し、己がドージョー主としてイアイを教える未来を想像した時、彼の中から突如として得体の知れぬ恐ろしさが沸き上がった。彼は逃げるようにカネを使い果たした。
それからは、眼前に口を開けた暗い穴を見ないように、落ちないようにその日のことだけ考えて生きている。そんな時引き受けたこの用心棒の仕事は、シルバーカラスにとって都合が良かった。「チクゼン=サンは、実際良いクライアントだよ」
「そうかい? まぁ、ノボリドラゴンとの話次第じゃ、ちゃんと用心棒の仕事して貰うからよ。よし、オーテ」「……マイッタ」何度かチクゼンと対局していたが、シルバーカラスは一度もショーギで勝てていない。「先の先を見なきゃいかんですよ、シルバーカラス=サン」「耳が痛いな」
そこに、ひとしきりストレス発散したソニックブームがやって来た。「時間だ」「左様で」紋付き袴姿のチクゼンは立ち上がり、シルバーカラスに向かって真剣な面差しで、頭を下げた。「シルバーカラス=サン。よろしく頼ンます」シルバーカラスは頷いた。
*
ノビドメシェード・ディストリクトの運河に浮かぶ屋形船が、歓談や商談や密談を乗せ、しめやかに夜を泳ぐ。波打つ水面は猥雑ネオン文字を美しい光のオブジェクトとしてぼかし、風流に照り返す。そんな川を往来する屋形船のなかに、ひときわ物々しい警備の船があった。
甲板や船縁で直立姿勢を取る、ヨロシサン製薬のクローンヤクザ。クランとしての経済力やパワーを誇示するアイテムとして、クローンヤクザはリアルヤクザの世界にも広がりつつある。この屋形船の客が、一般人でも遊興目的でも無いことは明らかだ。
屋形船は防音かつ防弾効果のあるフスマで二間に仕切られ、片側には生きたままサシミにされたタイと上等なサケを並べた宴席が設けられている。ここでは、間もなく一つのストリートを巡る二つのヤクザクランの手打ち交渉が行われる手はずとなっていた。
会談場所の船はアオショーグン・ヤクザクランで用意する。会談の席にニンジャを同席させぬという取り決めも交わされた。しかし、二重防音フスマで隔てられた隣の小さなタタミ部屋には、シルバーカラスとソニックブームが詰めている。
彼らは交渉が決裂した際、速やかにアオショーグン・ヤクザクラン側の安全を確保する手はずだ。キンゴを経由してここまでこの場を整えたのはソニックブームだった。それでも彼は甚だ不機嫌で、オーガニック大吟醸を水のように流し込んでは愚痴をこぼしている。「俺様が仕切るって言ってンのに、どいつもこいつも勝手すぎるンだよ」
「旦那、飲み過ぎだぞ」「うるせぇ。大体、約束の時間からだいぶ経ってるじゃねえか。ホントに来るんだろうなァ?」「まあまあ。丸くおさまりゃ旦那の手柄になるんだからさ」「言ってろツジギリ屋め」ソニックブームはトックリをシルバーカラスに向ける。オチョコでサケを受けながら、シルバーカラスは抗議じみて呟く。「ツジギリは、食い詰めちまってやむなく手を出しただけだ」
その反応に、ソニックブームは気を良くしたようだった。いい加減不機嫌な酔っ払いの相手も面倒なので、もう一つ持ち上げておこうかとシルバーカラスは続ける。「そうだ。旦那のカラテ、あれは一体何だ? えらい威力だったが」
ソニックブームは自慢げに鼻を鳴らす。「カラテ動作で衝撃波を起こす。ソニックカラテよ」シグナルロケットの煙幕を一瞬吹き飛ばしたのは、そういう理屈か。「そっちのカラテも、まあそこそこだぜ。イアイドーっつうのか?」「いや。俺のはもうイアイじゃない」シルバーカラスは自嘲した。
「ただ、カタナが他より得意ってだけだ」どうにも自分にとって渋い話になっている。ソニックブームが気づいていないのは、有り難いのかどうか。「それでも、実際ソウカイ・シンジケートでイイ線行けると思うぜ。この際ツジギリなんざ辞めちまえよ」「からかうなよ旦那」
ところが、ソニックブームはやや親身なアトモスフィアで続けた。「近いうち、この街は俺様達の天下だ。フリーで食ってくのは難しくなるぞ」シルバーカラスは苦笑いしながら手酌でサケをそそいだ。
どこへ行こうと変わらぬなら、組織の中にいるのも悪くないのかもしれない。口を開こうとした時、ニンジャ聴覚がフスマの向こうからキンゴの悲鳴を捉えた。異変に気づくとほぼ同時に盃を投げ捨て、防音フスマを開いた。
チャブの影にチクゼンが倒れ込み、タタミを赤黒い染みが汚している。デッキに繋がるフスマが開け放たれ、その傍らで、キンゴが青い顔をしていた。「ノボリドラゴンが……ニンジャ……」うわ言めいたキンゴの言葉に、シルバーカラスは己のウカツを呪った。
ソニックブームが無言でデッキへ飛び出し、屋形船の屋根に飛び乗る。逃げるとしたら泳ぐか、屋形船の屋根を飛び渡るより他にない。下手人を探しに行ったのだ。「チクゼン=サン!」シルバーカラスがチクゼンの傷口を改めると、背中から心臓めがけてドス・ダガーが刺さっていた。
このドス・ダガーは、オヤブン自身が護身として携行していたものだ。だとすれば、そこまで下手人に接近を許したことになる。隠密に長けたニンジャが潜入したのか――
シルバーカラスの思考は、オヤブンの首筋に手を当てた所で止まった。生きている。チクゼンには脈がある!「キンゴ=サン、羽織貸してくれ」「エ……」「キンゴ=サン!」「アッ、アッハイ」キンゴは着ていた黒い羽織りをモタモタと脱ぎ、シルバーカラスに手渡す。
羽織りで傷の近くをきつく縛って、シルバーカラスは屋根のソニックブームに告げる。「旦那! チクゼン=サンはまだ息がある!」「よォし! 船頭、すぐ船を岸に着けろ! キンゴはクルマ回せ! 医者だ!」シルバーカラスはキンゴを見た。
「……親父……ナンデ……」キンゴは涙目で呟きながら、ソニックブームに言われるがまま、停泊所側で待機している組員に連絡を取った。その後呆けたように座り込んだキンゴに、シルバーカラスは深く頭を垂れた。「キンゴ=サン。すまない。あんたの親父さんは必ず助ける」それが、用心棒として雇われた彼に、今できる唯一のことだった。
5
プラチナ・レジデンシャル・ディストリクト。カネモチ・ディストリクトほどではないが、高級住宅街だ。生け垣や高い塀が家々を仕切り、奥ゆかしいボンボリライトが夜道を照らす。ここに、アオショーグン・ヤクザクランの別邸があった。個人的な催しや保養、いっとき姿をくらますのに利用される。
その奥座敷が、今や集中治療室じみた設備で別邸の主を命の淵にしがみつかせていた。チューブや何らかの計器を至る所に張り付け、ベッドに横たわるはアオショーグン・ヤクザクランのオヤブン、チクゼン・コバカワその人である。しかし、彼はもはや自力で呼吸することがままならぬ。
シンジケート系列の病院へかつぎ込み、緊急手術、心臓に達していた傷を処置できたものの、脳に酸素が届かない時間が長すぎたのだ。病室より安全な別邸へ、医療スタッフごとチクゼンを移送したものの、誰もが途方に暮れていた。
報せを受けて集まったヤクザ幹部らも、奥座敷の隣でチャブを囲み、ノボリドラゴンへの報復か恭順かで割れている。そんな面々を、ソニックブームは苛立ちを隠さぬ自分主導で、抗争に勝つ為に来たのだ。それが、蓋を開けたら弱体化し統制がとれぬクランの尻拭い。そろそろ堪忍袋も暖まっている。
その焦げ付きそうなアトモスフィアに、今まで黙っていたシルバーカラスがついに割って入った。「旦那がた。あれこれ言い合うのは結構だが、まずキンゴ=サンから話を聞いたらどうだ。流石に話せる程度には落ち着いた筈だ」フスマの前で直立姿勢を取るレッサーヤクザに尋ねた。「キンゴ=サン呼んでくれ」
レッサーヤクザは心得たとばかりにオジギし退室する。キンゴは、結局まともな言葉を発さぬまま、部屋に籠もってしまった。ソニックブームが恫喝しようが、シルバーカラスが宥めようが、ただ貝にでもなったように青ざめた顔で何も言わなかった。
ソニックブームは、キンゴ・コバカワを信用していない。ノボリドラゴンとの交渉について詰め寄った時には失禁しかけながらも、その目は終始、弱気な狡猾さでソニックブームの怒りが静まるのを待っていた。より強い相手の顔色を窺い、我が身可愛さに全力で擦り寄る者の不愉快な目だ。
ターン! スズメの絵が描かれたフスマが勢いよく開かれる。レッサーヤクザが駆け込んできた。「大変す! どこにもキンゴ坊ちゃんいません!」「アァ?!」ソニックブームは嫌な予感にかき立てられるように、キンゴを呼び出した。だいぶ待たされてから繋がる。『も、モシモシ。キンゴです』「オイ! テメェどこほっつき歩いてやがんだ!」
通話の向こうでキンゴが細い悲鳴を上げた。『あ、あ、あの、い、いま、いまですね? ハイ。その、いまはその、の、ノボリ……、べ、べつのヤクザクランさんに』「……アァ? テメェ今なんつった?!」『ス、スミマセン、そ、その、そういうことなのでスミマセン。しつ、失礼します』「モシモシ! モシモシ!」キンゴはそれ以上答えず、端末は沈黙した。
「アッコラー! テメェザッケンナコラー!」ソニックブームは怒りにまかせて手近なレッサーヤクザを殴り飛ばした。「グワーッ!」哀れなヤクザを一瞥したシルバーカラスが、ややこわばった声で尋ねる。「旦那、まさか」「そうだ! あの野郎! 寝返りやがった!」
シルバーカラスは何かを考えるように、煙草に火を点けた。「……どう、するんだ」「どうもこうも、前に言った通りだ。ノボリドラゴンのオヤブンを取る! それでこの件は片が付く! そうすりゃキンゴだってラット・イナ・バッグだ!」
手にした煙草から灰の塊が落ちるまでの黙考の末、シルバーカラスは言った。「ダメだな。俺は降りる」「……アァ?」ソニックブームは唸る。「チクゼン=サンは実際九割死体だ。俺の用心棒の仕事はここまでだろ」シルバーカラスは庭まで出ると、タバコを飛び石に叩きつけ、踏みにじった。「これ以上は、アンタに付き合う義理がない」
ソニックブームの堪忍袋が、遂に暖まりきった。意に沿わぬ輩、ほとんど死体のオヤブン、裏切り者、遠のく手柄。「ワドルナッケンナグラー!」爆発する怒りは大音声の上級ヤクザスラングとなって発せられた。周囲のヤクザたちさえ腰を抜かすなか、しかしシルバーカラスはそれを物ともせずに、フードをかぶり、コートの前を閉じる。雨が、降り始めた。
「どうしても、って言うなら、 やるかい? 俺は構わないぜ」フルメンポに覆われたシルバーカラスの声は、ことさら挑発的に響いた。ソニックブームは肩を怒らせ、エンガワから庭へ飛び降りた。かくて、喧噪届かぬ広いヤクザ屋敷、山水を模した庭で、両者は向かい合うかたちとなった。
「ザッケンナコラー……テメッコラー」ソニックブームの威嚇を、シルバーカラスは向かい風をいなす鳥めいて受け流す。「生憎、ツジギリ風情でね。ヤクザの仁義なんざ守るつもりはない」
ソニックブームは拳を握る。ぎしり。レザーグローブが鳴り、油断なくカラテが構えられる。対するシルバーカラスの右手は無造作に、しかしいつでも腰のカタナを抜けるように構えられている。次のシシオドシが合図となろう。
両者の間にある張り詰めたアトモスフィアが満ち、溢れ、竹の高らかな音が響く。―はたして、相対するふたりが動いた!
6
先に動いたのはシルバーカラスだ。カタナに手をかけたまま直線軌道でソニックブームを狙う。性急な、と、ソニックブームは嘲笑を浮かべる。小さく肩を回し、ソニック・カラテで迎撃。「イヤーッ!」「イヤーッ!」シルバーカラスは両脚で踏み切り跳躍して衝撃波圏外へ脱しようとするが、そこを二撃目のソニック・カラテが襲う。「グワーッ!」
衝撃波を真っ向から食らったシルバーカラスだが、キリモミ回転して地面に叩き付けられる直前に猫めいて姿勢制御、落下ダメージを軽減させる。そこから、身を隠すために大きく横へ飛び、オーガニック松の古木へ身を隠した。だが。「甘ェんだよ! イヤーッ!」
三たびのソニック・カラテが、オーガニック松をへし折った! ナムサン! なんたる環境および貴重なオーガニック樹木に対する無慈悲な一撃か! シルバーカラスは倒れかかる松を踏み台に再度跳躍! そのまま逃げおおせるつもりだ!
「イヤーッ!」ソニックブームはその回避動作を予測済みだ。「グワーッ!」シルバーカラスは再び猫めいて着地する。ソニックブームはそれに合わせて再度ソニックカラテを見舞おうとしたが、シルバーカラスが着地直前に放った小型ナイフがそれを阻む。
スリケンをサイドステップで躱し、二人は再度間合いの開いた状態で向き合う。「テメェは! 何がしてぇんだ! エェッ?!」ソニックブームが吼える。シルバーカラスは答えぬまま、再び抜刀姿勢だ。ソニックブームは直接対峙した相手の力量を注意深く計る。
ニンジャ身体能力の高さに物を言わせた、大ぶりで無茶な動きが多い。サンスイを模した庭に、シルバーカラスが身を隠せる所はもはや数カ所のみ。距離を取るほど向こうは不利。みすみす逃がすつもりもない。足を止めて、次に向こうが仕掛けた時、こちらも同時に動く。
睨み合いはどれほどに及んだか。シルバーカラスは何かを観念したように大きく息を吐き、抜刀姿勢を変えた。今までは上体を捻り左腰の柄へ手をかけていたものが、体の中心に柄が来るようカタナを左手で支える構えだ。それをトリガーに、ソニックブームはソニックカラテパンチを放つ!
「ソマシャッテオラー!」ソニックカラテ衝撃波は、シルバーカラスを直接叩かず、彼の傍らにある石灯籠を掠め、砕いた。これも計算してのこと。首からへし折れたように砕けた灯籠の上半分が、シルバーカラスを砲弾めいて襲う!
それに対しシルバーカラスは、ニンジャ動体視力を持ってしても捉えがたい抜刀! ノールックで石灯籠を両断! ワザマエ! 素早くしかし油断無く納刀し、シルバーカラスは上体を落とすと、水溜まりを跳ね上げ、飛ぶようにソニックブームを目指す。
その動きも先程までと違う。フルメンポの双眸は油断なくソニックブームを注視し、カラテ予備動作が見えるや足を止め、鋭いバックフリップや大きな横跳びで距離を取る。欲深い踏み込みもなければ、無謀な逃走もない。
ソニックブームは灯籠越しのシルバーカラスを睨む。((どうなってやがる……あいつは何を見てる?!))「イヤーッ!」ソニックカラテ連続パンチで、シルバーカラスの隠れる灯籠と、次に遮蔽となりうる岩を潰す。
しかし、シルバーカラスはカラテ衝撃波が辿り着くより前に躍り出ていた。くるくると旋回し、フジサンを模した岩に身を隠す。ソニックブームは雨で額に張り付く前髪を乱暴にかき上げ、そこで気づいた。((……雨か!))
先刻から降り続く雨が、カラテ衝撃波の軌跡をシルバーカラスに視認させているのだ。むろん、見えるからといって易々と避けられる代物ではない。シルバーカラスが見ているのは、この戦場そのものだ。場所、戦況、相手の動き、それらを読み解き、最適解をはじき出している。
ならば。「スッゾオラー! イヤーッ!」ヤクザスラングと共に、ソニックブームはソニックカラテをカワラ割りめいて斜め前方に打ち下ろした。雨粒さえ吹き上げるカラテ衝撃波が、文字通り大波めいて伝う。庭に敷かれた丸石が波紋じみて浮き上がり、衝撃波そのものと共に、シルバーカラスの隠れた岩を襲った。
これなら避けられまい。シルバーカラスは岩陰を飛び出すが、割れた岩塊や水を模した丸石の散弾にその身を晒す。「グワーッ!」吹き飛ばされたシルバーカラスは前傾姿勢で片手を砂利に突き、それ以上の後退を止めた。そこへトドメとばかり、追撃のソニックカラテ後ろ回し蹴り!「イヤーッ!」
広範囲の衝撃波を、シルバーカラスは更に体を前に倒し、「イヤーッ!」爆発的な加速でかいくぐる! ソニックブームの追撃より早く、早く! そして、イアイの間合いがソニックブームを捉えた!「イヤーッ!」
シルバーカラスはカタナの柄頭でソニックブームを打った。運動エネルギーを保持したままの打撃で、ソニックブームは大きく後ろへ吹っ飛ぶ。それはソニックブームの咄嗟の回避行動でもあったが、シルバーカラスはそれを許さない。更に踏み込んで、相手の後ろ襟を掴む。
再度カタナの柄頭で、今度はソニックブームの喉を突いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」後ろ襟を手放すと、ソニックブームは両手を突いて咳き込む。シルバーカラスはソニックブームを少しの間見下していたが、素早くバックステップし、更に跳躍。ヤクザ別荘から姿を消してしまった。
*
雨の中、誰もソニックブームに声を掛けられなかった。様々な困惑と不安を乗せた視線だけが刺さる。ソニックブームはそんな視線に頓着せず、乱れたリーゼントもそのままに、濡れ縁にどっかと腰を下ろした。潰れたリーゼントをかきあげ、しけたモノホシ・タバコに火を点ける。
ややあって、ソニックブームは低く呟いた。「……ケジメか」モノホシ・タバコを踏み消し、事の成り行きに釘付けとなっていたヤクザらを振り返る。「テメェら、今夜何があってもオヤブン死なせるんじゃねぇぞ」その静かな迫力に、レッサーヤクザの何人かが失禁した。
プランに変更なし。ケジメをつける。否、ケジメを付けさせる。その為には、やはりもう一人バックアップが欲しい。彼はIRC端末で、同じソウカイ・シンジケート所属のニンジャを呼び出した。「モシモシ、ソニックブームだ。悪いが今すぐ、あんたの力を借りたい。イクサに火をつけて欲しい。……見返り?」
ソニックブームは一呼吸おき、口元を歪める。「ジャノミチ・ストリートだ」
7
ノボリドラゴン・ヤクザクランのヤクザ事務所に、黒いヤクザリムジンが停まった。中から現れたのは、白スーツの偉丈夫。「ドーモ。アオショーグン・クランの顧問弁護士、フマトニです」男は120度の角度でオジギし、派手な緑色のスーツを着た男を連れていた。
応接室へ通されたフマトニは、再び、田畑に実るコメじみて頭を垂れた。「このたびチクゼン・コバカワ氏が『不幸な事故』で危篤状態になったことを受けて、正式にテウチに参りました」にこやかだが、どこか油断ならぬアトモスフィアの弁護士はそう言いながら、90度姿勢で名刺を差し出す。
その名刺を手で弄ぶのは、ノボリドラゴン・ヤクザクランのオヤブン、モトヤス・テイクチ。中肉中背、よく日焼けした野心的な顔つき。醸し出すアトモスフィアで一回りほど大きく見える。
「成る程、手打ちですか。しかし、こちらは既に息子のキンゴ=サンから、そうした交渉を受け、ストリートの利権を全て譲渡する形で、話は付いてるんですよねェ」サケで焼けた声はサディスティックな自信に満ちている。「いやいや! そこをどうか、お話だけでも」
慇懃に頭を下げ続けるフマトニの前で名刺を破り捨て、頭の上でばらまいた。「お引き取りください」フマトニは、にこやかなオジギ姿勢のまま、隣に座る緑スーツの男と視線を交わした。緑スーツの男はゆっくりと頷くと「イヤーッ!」応接チャブを殴りつけた!
ナムサン! いかなトリックか、男の殴りつけた応接チャブが突如超自然の炎に包まれた!そして、炎を纏い断ち割れたチャブを、オジギ姿勢からバネ仕掛けめいて頭を上げたフマトニが蹴りつける!「イヤーッ!」
しかし、このアンブッシュはモトヤスへの焼き鏝とはならなかった。「イヤーッ!」CRAAAASH! モトヤス・テイクチは鋭い左ストレートでチャブを更に割り砕いたのだ! そして、モトヤスがチャブを割った先にいたのは、先程の慇懃な白スーツの弁護士ではない。そこには、派手な柄シャツ姿でカラテを構えたリーゼントの男!
「ドーモ! ソニックブームです! テウチ(暗殺の意)に来たって言っただろうが、エェッ?!」フマトニの隣にいた緑スーツの男も、痩躯をダークオレンジのニンジャ装束に包んでいる!「ドーモ! アーソンです!」
モトヤスはヤクザサングラスを投げ捨てる。「俺のテウチたぁ、良い度胸じゃねぇか! アァ?!」ぎらついた眼光が露わになる!「ドーモ! リープドカープです! ナマルベッケロアー!」「スッゾオラー! アッコラー!」ソニックブームも威嚇! ヤクザのイクサは始まる前のキアイも重視されるのだ。「アーソン=サン!」「承知!」
アーソンは事前の打ち合わせ通り、エレベーター扉をカトン・パンチで破壊すると、非常階段を下っていった。彼の仕事は、このイクサをソニックブームとモトヤスのタイマン(一対一の決闘)とすることと、邪魔立てするヤクザ共の一掃だ。
彼はあくまでバックアップ。このイクサは、自分が片を付ける。ソニックブームが仕掛ける!「スッゾオラー! イヤーッ!」ソニックカラテ前蹴り!「シュッ!」リープドカープは鋭く息を吐き、ソニックブームの側面へ回り込むことで先制ソニックカラテを回避した。ボックスカラテの動きだ!
窓ガラスや高価な観賞用ヨロイが破砕されるのを横目に、リープドカープがソニックブームの後頭部に痛烈な右フックを見舞う。「イヤーッ!」「イヤーッ!」致命打を屈んで躱したソニックブームは地を這うような回し蹴りで足を刈る。「イヤーッ!」
それをバックステップ回避するリープドカープは、背中を丸めて半身に構え、リズミカルなステップを踏む。カラテを構えたソニックブームに対し、上半身をやや沈めて体へ左ジャブのモーションをかける。一瞬の状況判断でソニックブームがそれに反応する。
フェイントだ。リープドカープの上半身が伸び上がり、本命の左ジャブがソニックブームの顔面を襲う。「イヤーッ!」「グワーッ!」ソニックブームの上体が傾ぐ。「おうどうした! そんなもんか! エェッ?!」リープドカープの挑発!
ソニックブームはカラテキックで少しでも距離を取ろうとする。ソニックカラテは至近距離で使うに向かぬ為だ。しかし、リープドカープの執拗なインファイトスタイルが、ソニックブームのカラテ自由を奪う。ソニックブームの蹴り足を片腕で抱え込み、リープドカープは凶暴な笑みを見せた。
「テメェのカラテ、死によったなァ! イヤーッ!」鋭いジャブ!「グワーッ!」「そのまま寝とれやオラァ! イヤァーッ!」更に頭突き!「グワーッ!」抱えていた足を放し、リープドカープが懐に潜り込む。「イイイヤアアアアーッ!」タキノボリ・アッパー!「グワーッ!」ソニックブーム縦回転!
背中から飾りタイルの床に叩き付けられる。おぼつかぬウインドミルでマウントを取られる事だけは避け、ネックスプリングで起き上がった。殴られて狭まり揺れる視界のなか、ソニックブームは、クロスカタナのエンブレムを刻んだグローブでカラテを構えた。
ソウカイ・シンジケートは強く、無慈悲。その体現者として立ち続ける事が、ソニックブームの選んだ道だ。組織の暴力たる者として生きるならば、再びこうしたニンジャと必ずぶつかる。ここで倒れるぐらいでは、クロスカタナを背負って立つことは出来ぬ!
「ザッ……ケンナコラー……」ソニックブームは頭を振りキアイを入れる。「ザッケンナコラー! チェラッコラー! スッゾスッゾオラー!」リープドカープのフットワークには余裕さえ見える。「面白ェ。まだやるかい! イーヤヤヤヤヤーッ!」そして上半身を左右に振りながら連続パンチ!
ソニックブームも肘で応戦するが、ウィービング動作から生まれるタメが更に重いパンチとなる! この攻防一体のラッシュこそ、ボックスカラテの大技、デンプシーロール!「グワーッ! グワーッ!」殴りながら、少しずつリープドカープが前進する。
壁際に追い詰めKOを狙うつもりだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」じりじりと後がなくなるソニックブーム。その時、バックドラフトめいて非常階段の金属ドアが吹き飛んだ。「ドーモ。リープドカープ=サンに客ですよ」
ドアの後ろ、炎の中から現れたのはアーソン。片手に若いヤクザをぶら下げていた。リープドカープはちらりとそちらを一瞥するが、ソニックブームを追い詰める手は止めぬ。アーソンは肩をすくめ、ヤクザを片足で小突いた。「オ、オヤブン! キンゴが、キンゴが……」「続けて」
アーソンは再び男を小突く。「セーフハウスをニンジャが……カタナを持った、シルバーのニンジャが……! キンゴが殺されました!」「ナンオラー!」リープドカープがソニックブームを殴る拳にブレが生じた。
随分遠くに感じるそのわめき声で、ソニックブームは何が起きたかを理解した。シルバーカラスは立ち去り際に、ソニックブームだけに聞こえる声で言ったのだ。「ケジメをつけてくる」と。ソニックブームはメンポの奥で歯をむき出して笑った。
ソニックブームはサンドバッグじみて殴られながらも、機会を窺っていた。自分がシルバーカラスにやられた様に、勝つための機会を。ボックスカラテには使い手の癖が、リズムの形で現れる。そのリズムが止まる瞬間、そこに勝機がある!「イヤーッ!」キアイを振り絞っての左のカラテフック!「グワーッ!」手応えあり! カウンターが決まった!
リープドカープが描く無限の軌道が止まる。ソニックブームは右の拳を大きく引き、カラテを注ぎ込む。そこから繰り出すは、捨て身のゼロ距離ソニックカラテアッパー!「イイイ……ヤアァァァーッ!!」 「グワーッ!」リープドカープは衝撃波を至近距離で食らい、ヤクザ事務所の天井を突き破った!
そこに、更にカイシャクのソニックカラテハイキック!「イヤーッ!」リープドカープはその名の通り高く跳ね上がり、爆発四散!「サヨンナラー!」
「グワーッ!」当然ソニックブーム自身も無事ではいられぬ。ワイヤーアクションめいてその場からはじき飛ばされ、「昇り龍」の掛け軸が掛かった壁へしたたか全身を打ち付けた。それでもソニックブームは倒れない。キアイで踏みとどまる。
掴んだ掛け軸がちぎれ落ちる。手の中の切れ端を投げ捨て、ソニックカラテの反動で自らの血に塗れた右手を掲げる。そして、腹の底から突き上げる衝動にまかせ、勝ち鬨の咆哮を上げた。
*
アーソンに支えられながらヤクザビルを出ると、入り口にソウカイ家紋つきリムジンが停まっていた。迎えを呼んだ覚えもなく訝しんだが、クローンヤクザ運転手がオジギして後部座席の扉を開けたとき、ソニックブームは思わず背筋を正した。「ドーモ。ソニックブーム=サン、アーソン=サン。ゲイトキーパーです」
ラオモト・カンの懐刀、ソウカイヤの屋台骨を支えるニンジャが、悠然と座っていた。「ドーモ、ゲイトキーパー=サン。ソニックブームです」「ドーモ。アーソンです」「乗りなさい。戻りましょう」断れる筈がない。二人は恐る恐るリムジンに乗り込んだ。
「首尾はどうだね。随分苦戦していた様子だが」ねぎらうようだが、ソニックブームの有様を採点するような怜悧さも感じる。「それは、カラテが未熟だったせいで」ソニックブームは素直に非を認めた。ソニックカラテの強さを補う為、更にトレーニングを積む必要がある。「アーソン=サンがバックアップしてくれたおかげです」
「……確か、君のレポートではもうひとりニンジャがいた筈だが。シルバーカラスと言ったか」ソニックブームは礼をしたまま報告する。「奴は相手の裏をかき、こちらにいた内通者を殺しに行きました。そちらも上手く行ったようです」「憂いは絶ったというわけかな」ソニックブームは頷き、家捜しの末見つけたキンゴとモトヤスの手打ち契約書を広げた。
「これで、ジャノミチ・ストリートは、ソウカイ・シンジケートの仕切りです。上手くすればケゴン・ストリートも」ゲイトキーパーは目で頷いた。ソニックブームは、ゲイトキーパーがここにいた理由を推察する。今回のミッションは、ソニックブームにとってひとつの試験だった。試験官としてどこかからこのイクサを監視していたものか?
「今後のあの界隈の仕切りですが、今回の働きもあるので、アーソン=サンに任せるべきではと……」ゲイトキーパーは片手を上げて遮る。何かを見定める様にソニックブームを見た。「良い判断だ。だが、私の決める事ではない。君が決めなさい」
ある種の厳粛さを持って、ゲイトキーパーは告げた。ソニックブームはゲイトキーパーを思わず凝視した。シツレイにあたるが、ゲイトキーパーは咎めなかった。「……よろしいんで?」
尋ねながらも、求めていた椅子に手がかかる感触を、ソニックブームは確かに感じていた。「むろん、君が、シックスゲイツの空席に座るつもりがあるなら、だが」
――これだ。この言葉ひとつ賜るために、ここまでやって来た。その言葉が意味する責任を、優越を、骨の髄まで啜ってやりたかったのだ。「ヨロコンデー……!」ソニックブームは高揚を押し殺し、奥ゆかしく一礼した。
*
本部に連絡を取ろうとしたヤクザへ、なけなしのダガーを投げ眉間を射貫く。ジュージツで襲いかかるヤクザの首筋を、カタナを抜いて撫でる様に切りつける。血を吹き出して倒れるのを視界の端で捉え、回転しながら背後のひとりを突く。ヤクザ屋敷に即席アビ・インフェルノが出来上がろうとしていた。
返り血を浴びながら踊るようにカタナを振るう。殺せば殺すほど、彼の体にイアイが息を吹き返す。皮肉なものだとシルバーカラスは笑うが、その表情はメンポに覆われて誰にも見えない。
ソニックブームと切り結んださなか。思いの他強さを見せつけるソニックブームに「何がしたい」と吼えられ、答えられなかった。センセイを捨て、イアイの道を外れ、何がしたいのか自分でも分からない。その時、彼が捨てた筈の名を呼ぶ声が、彼のニューロンを貫いた。
『―このメンキョは終わりではない。オヌシは入り口に立っただけのこと。イアイの道に終わりはないのだ』それはシルバーカラスにとって、懐かしい叱責だった。捨てたつもりが、何一つ捨てられていなかった事を、そこでしかと思い知った。
シルバーカラスはイアイを振るいながら、人を探している。ツテから交換条件で手に入れたアドレスだ。この手の情報の確度だけは信用できる。キンゴ・コバカワ。自分のクライアントを手にかけた男。ここは彼が匿われているヤクザ屋敷だ。
フスマを蹴り開けた先、タタミ三十枚はあろうかという広い座敷に、丸腰のキンゴが座り込んでいる。歩を進めようとしたシルバーカラスだが、突如体の右側で風を切る気配がし、抜き身の自剣を掲げた。
金属同士がぶつかる音がし、ニンジャ・ソードを打ち下ろす何者かの姿が一瞬ノイズめいて空間に走った。訝しむ間も無く首筋がヒリつく感覚をおぼえ、カタナを強く押し返す反動で後ろへ跳ぶ。「イヤーッ!」「グワーッ!」無傷でいるにはコンマ数秒遅かった。何かが浅く脇腹を切り裂く。「ドーモ! シルバーカラスです」
ニンジャを懸念し先手を打ってアイサツすると、二本一対のニンジャ・タントを逆手に構えたニンジャの姿が現れた。「ドーモ、ロンジコーンです。なぜアンブッシュが分かった!」二人目のニンジャはこちらだったか。シルバーカラスは油断なく間合いを計る。相手は二刀流。かつ、姿を消せるようだ。つくづく相手にしづらいニンジャと縁がある。
シルバーカラスは答えず、カタナの切っ先をロンジコーンへ、視線をキンゴへ油断なく走らせ双方を牽制した。喋るリソースは全てイアイに回している。すり足でキンゴへ近づく。ロンジコーンの黒と黄のニンジャ装束に再びノイズが走り、座敷の風景と同化する。シルバーカラスは、視線と切っ先の向きを逆転させる。視線はロンジコーンとタタミを注視する。
そして、誘うようにわざと大ぶりな動きで横に跳んだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」相手のカラテシャウトと共に、タタミが踏み込みの足で沈むのが見えた。シルバーカラスが跳んだ先には、先程蹴り開けたフスマ。着地と同時にそれを真正面へ再び蹴り飛ばす。「イヤーッ!」「イヤーッ!」左下から斜めにフスマが斬り破られる。
まずは片方。「イヤーッ!」次いで、足元のタタミをカタナで引きはがし、またも真正面へ蹴りつける。「イヤーッ!」「コシャク! イヤーッ!」見えぬ斬撃はタタミを右下から斜めに切り裂く。もう片方も使わせた。―ここだ。
「イヤーッ!」シルバーカラスはカタナを垂直に振り下ろす。「イヤーッ!」刃が途中で止まった。恐らくは交差させた二刀に挟み込まれた感触だ。こちらのカタナをへし折らんとするパワーがある。シルバーカラスは競り合ったまま踏み込み、体重を乗せた前蹴りを打った。「イヤーッ!」「グワーッ!」
倒れ込むロンジコーンに蹴り足を沿わせ、そのまま踏みつける。「イヤーッ!」「グワーッ!」自由になったカタナを、踏みつけた足の感触を目安に突き込む。ステルス効果が切れたのか、体の中心にカタナが刺さり、標本めいてタタミに縫い付けたロンジコーンの姿が露わになる。
ロンジコーンはすかさず、左手のニンジャソードを投擲する。「イヤーッ!」しかし、シルバーカラスは僅かに体軸をずらして躱す。「ハイク読むか?」「イヤーッ!」ロンジコーンは右手のニンジャソードも投擲した。「そうかい」
再び体軸をずらしニンジャソードを避け、シルバーカラスは、ロンジコーンの胸に刺さったカタナを抜く。「イヤーッ!」流れる様な動きで首を切り落とした。
「……サヨナラ!」ロンジコーンは爆発四散した。「はい、サヨナラ」その爆発四散に目もくれず、シルバーカラスはカタナの血を払い、キンゴに歩み寄った。「ドーモ。キンゴ=サン。なぜ親父さんを刺した?」
「ゴメンナサイ!」ドゲザである。「お願いします、どうか! ど、どうか見逃してください!」みっつの鋭い光を前に、裏切者は恥も外聞も捨てて懇願していた。「親父を殺せば、俺を跡目にしてクランは残すって、あの、モトヤス=サンに言われたんです!」ちらりとキンゴがドゲザの隙間から様子を窺う。
フルメンポの青白い光がふたつ、彼を無機質に見下ろしている。「し、シルバーカラス=サン! この通りです! 見逃してください! か、カネなら、お、親父の倍、いや言い値で払います!」「カネは要らん」「なら何が良いですか! オイランですか! トロ粉末ですか!」
シルバーカラスは答えず、ただ、みっつめの光をひるがえした。「アバーッ!」首から血を噴き上げ、キンゴは恐怖を顔に貼り付けたまま死んだ。「確かに、貰ったぜ」シルバーカラスはザンシンののち、カタナを死人の服で血拭いし、納刀した。返り血のついた壁の時計を見る。
シルバーカラスはひとつ部屋を戻り、壁際で失禁し腰を抜かしているレッサーヤクザに言う。「おい。シルバーカラスがキンゴを始末した。そうオヤブンに伝えに行け」「ア、アイエエ」シルバーカラスはレッサーヤクザの側まで死体を踏み越え、顔の真横で手を叩く。「ほら、ガンバレ」「アイエエエエエ!」
レッサーニンジャの足音が消え、慌ただしくヤクザヴィークルが発進する音が彼方へ去った。シルバーカラスはザンシンを解き、今や生きているものが彼自身と庭のバイオニシキゴイしかいなくなった邸宅で、煙草をくわえた。
切り口の手応えと物言わぬキンゴの顔を見て、かつての鋭さは、随分と自分の手から零れてしまっていることを知った。ニンジャの身のこなしを手に入れようが、イアイは一日鍛錬を怠れば取り戻すのに三日かかる世界。無為に時間を投げ捨てたのは他ならぬ自分だ。
今頃、ソニックブームの方は上手くやっているだろうか。あの野心家はこれを手土産に、一体どんな地位を狙う物か。いっそ清々しい程に暴慢だったが、慢心がない。そこがかつての自分とは違う。旦那なら、自分の欲しい物を貪欲に奪っていくだろう。それを見たい気もしたが、恐らくもう会うことも無かろう。あの男は組織で成り上がり、己は一層深く沈んでゆく身だ。
ヤクザ邸宅の門扉を抜けたところで、慇懃な男の声がした。「こんばんは、シルバーカラス=サン」反射的にカタナへ手をかける。「やめてくださいよ。シルバーカラス=サン。私です」横を見れば、引きつった笑顔を貼り付けたような男。
「終わったようで何よりです。貴方からノーティスが入ったときは驚きました」構えを解いたシルバーカラスは無愛想に応じる。「あんなに早く返事が来るとも思わなかったが」「それはもう! 貴方と専属契約と引き替えですから、張り切りましたよ」「そりゃドーモ」
「業界的にはあなた、仕事の途中放棄ですからね。ここの人、フリーランスとして致命傷を負ってまで殺す価値ある男とは思えませんが?」シルバーカラスは吸いさしの煙草を投げ捨て、靴裏で念入りに踏み消した。「クライアントの意向を、出来る形で守っただけだ」
「なるほど。私、貴方のその臨機応変な状況判断、非常に評価しているんですよ」シルバーカラスは社交辞令とも嫌味ともつかぬ言葉を聞き流す。「どうぞ、お乗りください。歓迎しますよ。シルバーカラス=サン」貼り付いた笑みを不気味に深めた男が、シルバーカラスを車へ招き入れる。
彼は後部座席に沈みこみ煙草に火を点ける。驕りは誇りを曇らせ、諦めと怠惰をはき違えた。今頃気がついたところで全てが遅かった。求めたものは、もう得られないだろう。深く煙を体に送り込み、悔悟と共に吐き出した。