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farewell, a ■■■■■ like me #1

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 横たわるボクの体の上で、笑うロウソクがもえている。
『きみは?』
 たずねると、ロウソクは体をかしげ、知らない、と笑う。火が大きくなった。
『パパとママは?』
 声に出すけど、川あそびの後みたいに、耳がぼうっとふさがって、よく聞こえない。
『ボクは……』
 ボクは、どうしたの?
 体が、どんどん重たくなる。
 かわりに、ロウソクのあかりは、ユラユラと大きくなっていく。
 炎は大きくなっているのに、ボクはだんだん周りが見えなくなる。
 さみしい。こわい。
『……さむい……』
 ボクがそう言うと、二つの真っ赤な三角がまたたいた。その赤をボクは知ってる。大好きなともだち。ボクの寒さは、この子が来てくれたからだ。ボクはそう思うことにした。
『ゲンガー』
 その三角に向かって呼ぶと、ロウソクの後ろに、紫色の影があらわれた。
 ボクをじっと見て、どうする? って言うみたいに、首をことりとかしげた。
『ボク……』
 まだ、きみと遊びたい。いたずらして、いっしょに怒られたり、おやつを半分こしたりも。
 ボクがそう思うと、その声が聞こえたみたいに、ゲンガーはクルリと回って、ボクも飲み込めそうなぐらい、口を大きくあけた。
 その奥から、家族の声がした。パパとママ、パパのパパもいる。
 ボクを、呼んでる。
 体の上に乗ったロウソクの炎が、よしなよ、って揺れる。
『ごめんね』
 ボクは、ロウソクに謝った。
『ボク、おきるね』
 ゲンガーの大きな口は、大喜びして、ロウソクをばくりと飲みこんだ。

「だ、誰か! 先生を! オニオンくんの意識が戻りました!」

 だれだろう。女の人の声。
 目をあける。
 ……まぶしい。まぶたをパチパチさせる。
 真っ白い天井。
 首がちょっとだけ動いて、たくさん何かがつながる、ボクの手と指が見える。そのすぐ横にゲンガーがいたけど、すぐ、どこかの影にもぐりこんだ。
 パパのパパが泣いてる。よかった、って言う声。どうして泣いてるのか分からない。
 ボクの真下でゲンガーがおかえりって笑うから、ボクもつられて笑う。喉に入っているなにかが音を立てた。



 エンジンシティ、カフェやレコードショップの並ぶ大通り。夕焼けで色づく石畳を、オニオンはジムに向かって歩く。背中には、カントーやホウエンの古い戦士がかぶる、兜のようなロゴの入ったリュック。
 今日は、エンジンジムのヒトモシたちを、ワイルドエリアに連れて行く日だ。エンジンジムで育てているヒトモシは、ロコンやヤクデに比べると、多少扱いが難しい。ジム同士の交流も兼ね、時折ゴーストジムが面倒を見ている。
 オニオンがジムリーダーになってからは彼の仕事で、オニオンはこの仕事が好きだった。エンジンジムの人たちはオニオンに優しいし、終われば自由時間になる。エンジンジムで非公式な交流戦を行ったり、炭鉱やワイルドエリアで手持ちを遊ばせたり。たまにカブが食事に連れて行ってくれ、空飛ぶタクシーでラテラルまで送ってくれることもあった。
 今日は、カブにポケモンを返したら、ワイルドエリアに戻るつもりだ。確かめたい事があった。キャンプをしてもいいと、家に許可も取った。エンジンのポケモンセンターで一式借りて、苦手だけれどテントで一夜過ごすつもりで……
 そんな事を考えながら歩いていると、狭い視界に急に飛び込んでくる影。オニオンは、体をのけぞらせるように歩みを止めた。
「オニオン! こんにちは!」
 赤いトップスが良く似合う男の子。自分より、少し年下だろうか?
「こ……! こんにちは……」
「なにしてるの?」
「あっあの……エンジンジムの……あっ」
 つっかえつっかえ答えようとするオニオンの影から、ゲンガーが飛び出した。オニオンの背中に向かい、両手を上げて舌を出す。
「うわあ!」
 真後ろで、高い悲鳴。その声に飛び上がるほど驚いたのはオニオンの方だ。振り返ると、真後ろに立っていたのは、青いワンピースの女の子。オニオンの顔のそばに手を伸ばしているところで、凍ったように固まっていた。
「ゲンガー、だ、だめだよ……!」
 オニオンが叱ると、ゲンガーは不満そうに、ドロリと影に戻った。
「……ほんとにゲンガーにとりつかれてるんだ……」
 女の子の、怯えたような声。謝ろうと伸ばした手が止まる。
「言っただろ! きっとお面を外すと呪われるのもホントなんだよ!」
「あの……」
 オニオンがなにか言う前に、子どもたちは声をあげて駆け出した。オニオンが仮面の下でもごもごとしているうちに、ポケモンセンターの角を曲がって、姿が見えなくなる。
「……」
 オニオンは子どもたちと反対側に向かって、ゆっくりと石畳を踏む。俯くと、ゲンガーが、笑いながらオニオンの影を変な形に動かした。
「そんなこと、言っちゃダメだよ。ゲンガー」
 元気づけようとする友達をたしなめる。ゲンガーは、他人のことなど全く気にかけない。
「でも、ちょっと、さびしいな……」
 突き当りの昇降機は遊園地のようで好きだったが、今日は下を向いて、ヒトモシたちのボールが入ったリュックの肩ひもを握った。



「おかえりオニオンくん!」
 エンジンジムに戻ると、カブが自分を呼んでくれる。リュックのショルダーを握りしめて走っている自分は、なんだかカブみたいだなと思った。
「あっ、も、戻りました」
「今日はどうだった? 一日天気も良くて、みんな元気だったかな」
 チャレンジャーブースに向かいながら、カブがオニオンに尋ねる。
「あ、はい! その……ほとんどの子は、変わったところもなくて、元気でした」
 チャレンジャーブースの通用口の前で、オニオンはヒトモシたちのボールが入ったリュックをカブに渡す。エンジンジムでは、ジムミッションのポケモンたちを普段からここで育てていた。環境と人に慣れさせることが目的だという。
 カブに続いて、チャレンジャーブースに入る。カブは、ロコンたちに食事を出していたジムトレーナーを呼び、「お願いするよ」とリュックを預けると、オニオンと手分けしてヒトモシたちをボールから出した。草むらを模した自分たちの縄張りに戻り、思い思いに過ごし始めるヒトモシたち。
 その中で、特別ゆっくり動くヒトモシを、オニオンはおずおず指差した。
「あ、あの……あの子、今週、もう一度……やせいのポケモンと、戦った方が良いかも、です。あとは、その、アプリで……」
 預かったヒトモシたちについて、ジムトレーナー専用のポケモン管理アプリで共有する。話すのが苦手なオニオンでも、文章であれば、問題なく申し送りできた。
 ユニフォーム姿のカブはタブレットをタップすると、アップロードされたオニオンのレポートを、真剣な面持ちで読み込んでいく。いくつか質問されたので、つまずきながらオニオンは答えた。一通りのやりとりが済むと、カブはタブレットから顔を上げた。
「丁寧にまとめてくれて、いつも助かっているよ。ありがとう!」
「あの、と、どういたしまして……」
 オニオンは仮面の下で照れた。影の中でゲンガーがからかうように笑う。
 極端に人見知りなオニオンにとって、他人は、怖いか怖くないかが先にあり、そして、他人が知人に変わるまでに時間がかかる。そんな彼だったが、居並ぶジムリーダーの中で、一番早く他人でなくなったのがカブだった。
 きっかけは、初めてマイナーリーグに降格した時のことだ。昇格戦に臨む、かくとうジムのサイトウとの一戦。対策の難しいゴーストタイプのポケモン相手に、サイトウは、しなやかさと強靭さを併せ持ったファイトスタイルで挑み、オニオンたちを叩き潰した。
 なす術がなかった。あんなに苦しく、負けて悲しい試合は初めてだった。試合が終わったあと、どうやってロッカールームに戻ったか覚えていない。誰に何を言われてもよく分からなくて、ベンチでデスバーンのように固まっていた。ゲンガーやサニゴーンがどれだけオニオンの気を引いても、だめだった。
 そこにやって来たのがカブだった。オニオンも良く知る明るい調子でオニオンに挨拶してくれて、それからオニオンが動けるようになるまで、ずっと一緒にいてくれた。たくさん話しかけてくれて、ようやく顔を上げたオニオンを、嫌な顔せず迎えて、励ましてくれた。あの日はデイゲームだったのに、カブと外に出たら真っ暗になっていたのを、よく覚えている。
 ポケモンバトルで初めて挫けたオニオンに、カブの暖かさが寄り添ってくれた日、カブは、他人から、憧れの大人に変わった。
 そんなカブから褒められることは、オニオンにとって、とても栄誉なことだ。
「この後、ワイルドエリアに戻るんだよね」
 こくりと頷くオニオンに、カブは少しかがんで目線を合わせてくれる。
「オニオンくんがよければなんだけど、ネズくんと一緒についていって良いかい?」
「……ネズ、さん?」
 首をことりと傾けるオニオン。影から顔を出したゲンガーも、オニオンと同じ方向に首をかしげる。
「何か、あったんですか?」
 ネズが現役だった頃、カブとオニオンの三人だけで何かする、という機会はなかった。というより、ネズと試合以外での交流がなかった。ロッカールームではいつも鋭い目つきで集中しているようで、話しかけたり悪戯したら叱られそうだった。
 それに、時折見せる、嫌いなものをはっきり「嫌い」と言う態度が、少し怖かった。その「嫌い」が自分に向けられたらどうしよう、と思っていた。
「緊張しなくても大丈夫だよ。ネズくん、悪い子じゃないから」
 リーグの選手について、自分よりずっと知っているカブが言うのだから、そうなのかもしれない。オニオンは知らず体の前で握りしめた両手をほどいた。
「彼、このところ、エンジンのスタジオにカンヅメなんだって」
 缶詰? オニオンとゲンガーが反対側に首をかしげると、カブは顎をさすったあと、分かるように言い直してくれた。
「音源の制作で、閉じこもっているんだ。気晴らしがしたいって、ぼくに連絡してきて」
 困った子だよね、と、表情こそ呆れているものの、カブは優しく言う。少し近寄りがたい雰囲気のネズが、いくらか少年のように思えて、オニオンは小さく笑った。
「それでね。ぼくがテントとタープを用意するから、ネズくんと三人で、好きにくつろぐような時間にしようと思ったんだけど、どうだろう」
 カブさんとキャンプ。その言葉はとても魅力的に聞こえた。でも、オニオンの目的を話したら、嫌がるかもしれない。
「あの……ボク……」
 カブは優しい笑みをたたえ、いつものように、オニオンが話すのをゆっくり待ってくれる。
「う、ウワサを、聞いて……ワイルドエリアに、幽霊が、出るって」
 ここ数日、見張り塔跡地からキバ湖の西で、幽霊を見た、という話をSNSで見かけて、気になっていた。見たと言っているのは、トレイルランナーや、ホラー系の動画配信者。バケッチャをかぶったような小さい子を見たのだとか。
「いるなら、あ、会ってみたくって。カブさん、たちが、イヤじゃないなら……」
 カブは笑顔を深くした。
「気遣ってくれてありがとう。ぜひご一緒させてほしいな」




 いつしか夕陽はいなくなって、空には丸い月と星が浮かんでいた。
 ワイルドエリア、キバ湖の西。橋を渡った先をキャンプ地と定めたオニオンたちは、テントやタープの設営が終わったあと、自由時間を過ごしていた。ネズは仕事が押しているとかで、もう少し遅れるそうだ。
 ゲンガーとシャンデラを伴って、見張り塔跡地やこもれび林まで足を伸ばしたオニオンがキャンプに戻ると、タープの下でカブが焚き火を用意して座っていた。
 火を囲むように三脚のキャンプチェアが置かれ、カブの両隣にはキュウコンとウインディが寛いだ様子で座っている。
 オニオンもカブも、今は私服に着替えている。今日のオニオンは、クローゼットから一番活動的な服を引っ張ってきて着込んできた。足元も、めったに履かないスニーカーだ。ゲンガー色のコーデュロイシャツはお気に入りだったけれど、あまり知らないネズが来るなら、フード付きの服を選べばよかった。
 一方のカブは、モデル起用されたアウトドアメーカーの装備で固めている。マウンテンパーカ、膝丈のパンツ、その下にレギンス。靴も革のトレッキングシューズだ。
 普段着もそうなのかとオニオンが尋ねると、これは気が向いたら出られるよう、ジムに常備している物だという。好きとは聞いていたが、こんなに入れ込んでいるとは知らなかった。
 知らなかったといえば、カブの手持ちたち。キュウコンとウインディもキャンプが大好きだと、今日初めて知った。ウインディは鞍のような装具をつけ、大きな道具とオニオンを乗せてくれたし、カブに言われ簡単な手伝いをしている時にも、キュウコンはオニオンにつきっきりだった。
「おかえりオニオンくん。どうだった? 会えそうかい?」
 カブに尋ねられ、オニオンは首をかしげる。
「え、と……もっと遅い時間なら、もしかしたら……かも……?」
 例えばバケッチャならばナックル丘陵にいるけれど、それをかぶったような子どもの幽霊、となると、そういう悪戯の可能性だってある。もう一度、夜が更けた頃にまた遊びに行こうと思っている。
「そうか。じゃあ、今日は夜更かしだね」
 カブはそう言って笑った。咎められない事が嬉しかった。
「あの、カブさん、……あの辺り、なんですけど」
 オニオンは、湖の向こうを指差した。散策の最中、原因の分からない違和感があった場所があった。こもれび林の近く。
「景色が、他と、ちょっと違う気がして。なにか、あったんですか?」
 カブはオニオンの質問を「良く気が付いたね」と褒めてから、答えてくれた。
「前にこの辺りの天気が荒れた時、雷が木に落ちてね。あの辺りが小火になったんだって。大きな火事になる前に鎮火できたんだけど、焦げた木なんかは、伐採が入ったそうだよ」
「そうなんだ……ありがとうございます」
 切り株ができたなら、ボクレーとか、出ないといいな。オニオンは視線を焚き火に戻した。顔が暖かくなってきて、少し椅子を下げ、ぐるりと広いワイルドエリアを見渡した。
 遠くにエンジンシティの入り口や、巣穴から伸びる赤い光。小さな虫たちやホーホーの声。木々のざわめき、水棲のポケモンが水面を跳ねる音。オニオンが夜によく行く遺跡や墓地と違い、ワイルドエリアの夜は、目で見えるよりも沢山の、命の音がした。
(ワイルドエリアって、こんなに賑やかだったんだ)
 その音楽に聞き入っていると、カブがオニオンの名を呼ぶ。顔をぐるりとカブへ向けた。
「そろそろ良い感じだから、晩御飯にしちゃおう。それ外すでしょう? ぼく、椅子の位置変えた方がいいかな」
 仮面を取る自分を気遣うカブの声は、とても穏やかで優しい。その暖かさは暖炉の炎に似ているが、試合になると、その炎は鉄を溶かせる程に激しさを増す。ガーディのようだな、と、オニオンは思っている。人懐こいところも似ている。
「えっ? えっあっ大丈夫、です!」
 ゲンガーもいるし、カブなら怖くない。オニオンは仮面を外すと、膝の上に置いた。ゲンガーが影から現れ、オニオンの隣に、短い足を投げ出して座る。
「ありがとう」
 なぜかカブにお礼を言われてしまった。そんな、お礼を言われることじゃないと思って慌てていると、カブから紙皿を手渡される。
「熱いから、気を付けるんだよ」
 カブが用意してくれたのは、野菜とキノコに軽く塩胡椒を振ってホイルで包み焼きにし、ブルストを網で焦げ目がつくまで焼いたら、柔らかいバンズに挟んだブルストドッグだ。
「あまり手の込んだ物じゃないけど」
 オニオンの鼻を香ばしい匂いがくすぐる。カブは謙遜するが、オニオンは目を輝かせてバンズを頬張った。
「……おいしい、です!」
 無邪気にほころぶ顔をカブに向ける。夕方の寂しさは、カブと、焚き火と、夕食の暖かさで、すっかり溶けて消えてしまっていた。カブは「いただきます」と異国の言葉を唱えてからブルストドッグにかじりつく。ポケモンたちも食べられる食材しか使っていないので、同じものをオニオンやカブのポケモンたちも夕食とした。
「オニオンくん、キャンプはあまり経験なかったかな」
「あ……はい。あの、ゲンガーが、キャンプ、苦手みたいで……」
 ジムチャレンジの時など、ホテルのベッドで寝たいと駄々をこねて大変だった。あの時は、オニオンが折れて、なるべくワイルドエリアで夜明かししないようにした。たぶん、ゲンガー自身の縄張りではないから、落ち着かないんだろう。
「デスマスを進化させたくって砂塵の窪地に行った時も、ちょっと曇ってきたら、もう帰る! って、ボクの影を動かさなくって。デスマスと頑張ってゲンガーを押したりして」
 オニオンは手のパンくずをゲンガーに舐められ、くすぐったいと笑う。
「ゆうかんなのに、おくびょうなんです。ボクのゲンガー」
「どうも。相棒の話ですか?」
 馴染みのある、けだるい低い声。オニオンは慌てて顔を真下に向けた。
「遅くなりました」
「やあ! いいタイミングで来るねえ」
「こ、こんばんは……」
 下を向いたままネズに挨拶する。失礼なやつだと怒られないだろうか。そのオニオン見つめる地面に、ネイビーのチェックパンツと使い込まれたレザーブーツが近づく。
 オニオンに影がさしかかる。衣擦れの音。
「よかったらこいつ、使ってください」
 骨ばった白い手が差し出すのは、キャメル色のライダースジャケット。
「かぶれば顔隠れるでしょ。汚しても困らないやつなんで、人の物が嫌でなきゃ、どうぞ」
「ネズくん、そういう時嘘つく子じゃないよ。遠慮しなくていいからね」
 カブの助け船に乗るように、オニオンはジャケットを受け取った。パーカーのフードをかぶるようにジャケットで頭をすっぽりと覆う。暖かくて少し重たい。微かに、保革クリームの、蜜のような甘い匂いがした。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いいえ。こっちこそ、先に連絡入れずに来ちまったんで」
 改めて顔を上げると、ネズが眉を下げて笑っていた。黒いカットソーと、パンツと同じ模様のボストンバッグを下げていた肩は、小さく上下している。急いで来てくれたようだった。
 あれ? と、オニオンは思う。なにか違う。
「今日は珍しいね。ナチュラルな雰囲気で」
 カブに言われて気づいた。いつもの迫力あるアイメイクや強いアイラインがないから、血色の悪さがかえって目立つ。
「フルメイクで来るとこじゃねえでしょ」
 薄く笑ってそう言いながら、ネズはポケモンセンターのロゴが入った紙袋をカブに渡す。
「手土産です」
「ありがとう! 今日はタチフサグマくんだけかい?」
 ネズはカットソーで体をあおぎながら、空いている椅子に遠慮なく腰かけた。
「こいつだけですね。キュウコンたちも、こんばんは」
 ネズはカブのキュウコンとウインディにも挨拶する。ウインディはネズに挨拶するように吠えたが、キュウコンは、興味なさそうに視線を投げただけだった。
「へえ。これ、ポケモンくんとも食べられるんだね」
「オニオンいるって聞いたんで、こういうのが良いかなと。きみは? 今日は、ゲンガーとシャンデラがお供ですか」
 呼吸を整えたネズは、タープの外にいるシャンデラと、オニオンの“焚き火に伸びる”影にも手を挙げて挨拶してくれる。オニオンの影が手を振り返した。
「あ、は、はい……」
「オニオンくん、後でネズくんが持ってきてくれたお菓子も食べようね」
 その前に、オニオンは手の中に半分ほど残ったブルストドッグを片付けなくては。
 小さい口で懸命に咀嚼するオニオンの、焚き火を挟んで対面では、ネズがオニオンの倍を一口で片づけている。その合間にカブと皮肉めいたジョークの応酬をするネズは、オニオンが思っていたほど怖い大人じゃないのかもしれなかった。




 あんまり楽しくて、気が付けば、家なら「そろそろ寝なさい」と促されるような時間になっていた。そろそろベッドに入ったふりをして、ゲンガーと家を抜け出す頃だ。
 オニオンは、スニーカーを脱いでキャンプチェアに足を乗せて座り、いつもより随分お喋りになっていた。ネズが貸してくれたライダースジャケットは、まだ頭から自分を包むように覆っている。
 自分の前では優しい大人のカブと、あまり話す機会のなかったネズは、オニオンが知らなかった顔を見せた。カブは、ネズ相手だと手厳しいことを遠慮せずに言う。それを笑いながら受け止めるネズは、オニオンに色々と気を回してくれる。いつの間にか、ネズへの警戒心は、すっかり消えていた。



「……あの子たちは、ガラルに来る前からの仲間でね」
 ポケモントレーナー、それもジムリーダーを経験した人間が集まれば、話題は自然とポケモンの事になる。最初は直近の試合の話が、トレーナーとしてバトルに向き合う気持ちの話、手持ちの育成についての話を経て、今は相棒と初めて出会った時のことに話題が移っている。今はカブが、キュウコンとウインディの話を聞かせてくれていた。
「出会った頃はまだ小さかったから、ロコンのおてんばに、ガーディとぼくがいつも振り回されていてねえ。ぼくもまだオニオンくんぐらいだったから、毎日クタクタだったよ」
 自分と同じぐらいのカブが想像できないでいると、タープの外でシャンデラと一緒にいたキュウコンが顔を上げ、慌てたようにカブに駆け寄ってきた。前脚をカブの膝に乗せ、鼻先を顔にすり寄せる。
「おや、ごめんよ」
 何かを訴えるように小さく鳴くキュウコンを、カブは、うんと甘やかすように撫でる。
「キュウコンが、この話は恥ずかしいって」
 オニオンは身を乗り出した。
「キュウコンと、お話、できるんですか?」
「ううん。ぼくは、なんとなくっていう程度だよ。オニオンくんほどじゃないかな。でも……」
 まだ顔に擦り寄るキュウコンに苦笑いを浮かべ、カブは続ける。
「キュウコンは、ぼくがどこの言葉で喋っても分かるみたいだね。賢い子だから」
「へえ、バイリンガルみたいなものですか。凄いやつですね」
 カブの故郷はガラルから遠いところにある。そこの言葉でも、ガラルの言葉でも気持ちが通じているんだ。オニオンは椅子から足を下ろして、カブに体を向けた。
「あの……すごく、素敵だと思います」
「ありがとう」
 褒められたキュウコンが、今までの甘えた態度はどこへやら、スッとカブの隣で姿勢をただし、澄まし顔を作った。本当に、言葉が分かるみたいだ。オニオンもネズも、キュウコンの変わり身を笑って見守っている。
 すると、カブのウインディも、何か楽しい事をしているのか、と、タープへ戻ってきた。カブの後ろから軽くじゃれつく。こら、と笑いながらたしなめて、カブはウインディも存分に可愛がってあげていた。
「キュウコンは、ぼくのどんな言葉も分かったうえで、見放さずにいてくれたし……ウインディも、他の子たちも、色々……情けないところも見せたけれど、一緒にいてくれる。感謝してもしきれないよ」
 よその地方からやってきて、ガラルの言葉や文化、全く生態系の異なるポケモンや、バトルについて……オニオンには当たり前の様々を、戦いながら学んできたカブ。苦しい時期もあったと聞く。
 あらためて、オニオンは憧れと尊敬の眼差しをカブへ向ける。目が合うと、カブは耳まで赤くして照れていた。キャンプチェアの後ろに置いたコンテナへ手を回し、咳払いをひとつ。
「こういう話を改まってやるの、結構恥ずかしいね! よし、ネズくんのお土産開けちゃおうか!」
 ネズが手土産に持って来た大きなマシュマロの袋を開けて、手際よくローストフォークにマシュマロを刺していく。その様子に、ネズが、あんまりいじめても可哀想ですね、と歌うようにからかった。
「……オニオンのゲンガーは、いつから一緒なんですか?」
 自分の対面でカブからフォークを受け取るネズは尋ね、オニオンの足元で自分の仮面を頭に乗せたゲンガーを見る。オニオンもカブからローストフォークを受け取って、焚き火にかざした。
「あの……」
 ゲンガーとの話は、トレーナーになる前、事故後に親戚やリハビリ科の看護師に尋ねられるまま聞かせた事がある。その時の反応が、あまり嬉しいものではなくて、それ以来あまり話題にしたことはなかった。
 トレーナーになってからも、元から人前が苦手であることや年齢を考慮された結果、メディア露出が抑えられている。それもあって、誰かに自分の友達について話す機会が少なかった。
 カブとネズは、どう聞いてくれるだろう。
「えっと……いつからだっけ……?」
 ゲンガーはオニオンを振り仰いで、元気よく鳴いた。
「そう、だよね。ずっとだよ……ね?」
 ゲンガーは体いっぱいを使って頷く。ゲンガーは、自分がつかまり立ちができる頃から、ずっとゲンガーの姿で、オニオンの親友だった。口に出さなくてもお互い分かり合っていたし、事故に遭ってから、それはより強くなった。
「ボクが事故にあったとき……ICUでヒトモシがボクに憑いて……それをゲンガーが、助けてくれたんです。でも、もっと前から……多分、ボクが生まれた時から、ずっと一緒です。どうしてかは、分からないけど……」
 シャンデラが炎を小さく絞って、タープの中へフワフワとやって来る。そのシャンデラを手招きして、オニオンは続ける。
「あっ、ええと、さっきのボクに憑いてたヒトモシが、この子なんです!」
 そこまで言うと、ハッとして、かぶっていたネズのジャケットを手でおさえる。
 恥ずかしい。喋り過ぎた。
 それに、この話をすると、大人は表情が変わる。可哀想だとか、大変だったね、とか。そう言われると、オニオンはなんだか居心地が悪くなる。
 大好きな友達との出会いは、自分にとって嬉しい思い出だから。それを悲しいものと思われるのが嫌だった。
 俯きがちに、そっと、大人たちを伺う。
「オニオン。おまえ、人が良すぎやしませんか」
 ネズが呆れ半分、賞賛半分といった視線を寄越し、カブはなにか納得した様子でいた。彼らは喋りすぎた自分を笑わなかったし、自分がよく知る「あの」顔ではなかった。
「よく友達になれましたね。それ」
 そう言いながら、ネズが、炙ったマシュマロをビスケットに挟んでいる。とても料理慣れしている手つきだった。
「え……えっと、ヒトモシは、ボクと……友達になりたかったみたいで。それを聞いて、ゲンガーが、とっても叱ったらしくって……」
 あの日ゲンガーが丸呑みしたヒトモシは、オニオンが目を覚ました日の夜中に、泣きながら謝ってくれた。可愛らしい黄色い目が溶けてしまうんじゃないか、と、心配になるほどだった。
「だから、その……悪い子じゃなくて、ボクらのルールが分からなかっただけなんです。そう、だよね」
 両腕にあたる部分をしょんぼりと下げていたシャンデラは、オニオンに撫でられると、元気よく回転した。
「シャンデラくん、時々きみに過保護だと思っていたけど、そういうわけだったんだねえ。ゲンガーくんの訓戒が効いているわけだ」
 オニオンの持っていたローストフォークをパッと奪ったゲンガーは、刺さっていたマシュマロを引き抜くと口へ放り込み、得意げに笑った。
「あ! ゲンガー!」
「いいんですよ。またカブさんが焼いてくれますから」
「きみねえ」
「良いじゃないですか。おれの『あまえる』は……」
 ネズが言葉を切って、急に立ち上がった。
「ネズくん?」
「……人の声がするんです」
 眉を寄せ、キバ湖をぐるりと見渡すネズ。
「泣いてるような……子ども?」
 オニオンとカブは、焚き火に浮かぶ顔を見合わせた。ネズは耳が良いから、何か聞こえたのかもしれない。
「……行ってやらないと」
「ネズくん?」
 カブの声が聴こえないように、ネズは広い歩幅でタープを出て行った。慌ててタチフサグマが後を追う。オニオンとカブもチェアから立ち上がる。立った拍子に、ネズの貸してくれたジャケットがオニオンから落ちた。
 ネズは振り向かず、何かに引っ張られるように、ざぶざぶとキバ湖に足を踏み入れ始める。タチフサグマが遠慮がちに押し返しているが、ネズは静止を振り払ってしまう。
 そこで、二人はネズの様子が尋常ではないと気が付いた。
 ゲンガーが、頭に乗せていたオニオンの仮面を付き返すと、オニオンの前に進み出た。習慣で、受け取った仮面をかぶってしまった。ゲンガーはオニオンを振り返らない。周囲を警戒するように体を左右に巡らせる。カブのそばにいたウインディも、前傾姿勢になり、鼻の頭に皺を寄せて呻る。
「ネズくん! 危ないから戻って来なさい!」
 どうしてか、カブの声を遠くで聞こえる。オニオンは考える。
 子どもの泣き声が聞こえたとネズは言った。そのネズが向かった先には、夕方にカブから聞いた小火で伐採された木がある。それに、今夜は元々、ここに幽霊を探しに来ていた。その正体は本当の幽霊じゃないかも、と、思ってもいた。
「あ」
 オニオンは、もしかして、と思った事が起きてしまったと知った。
「……ボクレーです! ネズさん、ボクレーに呼ばれてる!」
 言い終わるか否かのタイミングで、タチフサグマの咆哮と、大きな水音。
「ね、ネズさん!」
 飛び出そうとするオニオンを、カブが無言で止めた。
「ぼくが」
「……あ、あの」
 言葉に詰まったオニオンは、その代わりに、上空で険しい目つきをしていたシャンデラを見た。その視線を受けたシャンデラは、返事をするように鳴いて夜空へ飛び出し、カブの灯りになった。
「ゲンガー、ど、どうしよう……」
 オニオンは両手でシャツを握りしめて後ずさりした。上手く呼吸ができない。暖かかったはずの手足が冷えていく。
「ボク、ボクが……あの時カブさんに話してたら……」
 きっと、もっと早く止めてくれたはずだ。
「どうしようゲンガー。ボクのせいだ」
友達は振り向かず、手探りでオニオンの冷たい手を取ると、鋭く低い声で鳴いた。
「……ゲンガー」
 オニオンはその手をきゅっと握り返す。
「うん……そう、そうだね」
 ボクが行かなくちゃ。




 崩れた見張り塔の中へ駆け込むと、先客のヨマワルたちが一斉に逃げ出した。ゲンガーがヨマワル達を追い払ったせいだ。だめだよ、と言いながら、仮面を外す。呼吸を整え、オニオンは塔の壁に背中を預けた。
 上手く抜け出せた。
「カブさんに怒られるかな……」
 オニオンが呟くと、ゲンガーはそんな事気にしないでいい、と笑った。



 ボクレーの声に誘われ水に浸かってしまったネズは、シャンデラが見守り、ウインディの大きく暖かい体に包まれるように保護されていた。その隣で自分も毛皮を乾かしているタチフサグマの話をゲンガーが聞き取って、更にオニオンに聞かせてくれた。ネズは、行く手に現れたフワライドの『さいみんじゅつ』で眠らされたらしい。
 オニオンがゲンガーの話をカブへ伝えると、伝言ゲームの最後尾は、カブから、カブが連絡を取った救助隊の人間に変わった。そして、人もポケモンもオニオンから目を離したその隙に、オニオンとゲンガーは身一つでキャンプ場を抜け出した。
 内緒で飛び出したことに、罪悪感はある。
「でも、このままだと……」
 ネズに危険が及ぶかもしれない。続く言葉は飲み込んだけれど、ゲンガーはそれを汲み取って、したり顔で頷く。
 野生のフワライドが覚えない『さいみんじゅつ』を使ったことに不自然さはない。ブリーディングで稀に生まれるフワンテを育てれば、そういうフワライドになる事は知っていた。そういう子が野生化したのなら、納得できる。
 問題は、そのフワライドが、ボクレーの獲物だったネズに手を出したこと。
 ゴーストタイプの間で、獲物の横取りはご法度。このままでは、ボクレーとフワライドで争いが始まってしまう。最悪のケースは、それでネズの取り合いになることだ。もちろん、カブも、ポケモンたちもいる。でも、何が起るか分からないのが、野生のゴーストタイプたちだ。
 だから、そうなる前に、なんとかしなくちゃ。
 怖がりで気弱と思われがちのオニオンだけれど、やるべきと決めた事は必ずやる。ダンデがチャンピオンだったシーズンに、墓地までオニオンを訪ねて来て、友達と仲直りしたいと言う男の子を手伝った時もそうだった。
「行こう」
 仮面をつけ直して塔から出ようとするオニオンを、ゲンガーがシャツの裾を引いて引き留める。
 オニオンが首を傾げると、ゲンガーは、タチフサグマから聞いた話で、あの場で言わなかった事をオニオンへ伝えた。
「この人じゃない、って言ったの? フワライドが?」
 そうだ、だからそんなにガチガチになるなと笑うゲンガーだったけれど、オニオンの声が、微かな困惑を浮かべる。あの出来事の中で、フワライドがネズを「違う」と言ったなら、それはボクレーの獲物を指すはずで……
 じゃあ誰だったの? ゲンガーに相談しようとしたオニオンは、口にするのをやめた。その耳を、ボクレーの泣き声がくすぐり始めたから。
「ああ……ボクだ」
 疑問が解けたオニオンは、安心したように肩から力を抜いた。ゲンガーにはもっと早く言って欲しかったけれど、ネズやカブが狙われないのなら、それでいい。ボクレーに会いに行く目的が変わるだけだ。自分だけの問題になると分かって、オニオンの不安は、きりばらいされたようになくなった。
「あと、内緒にしてること、ない?」
 もうない、と、ゲンガーは偉そうに胸を張った。もう、と、言いながら、オニオンもつられて頬が緩む。二人はくすぐるように笑い合い、見張り塔跡地を出た。
 サイレントボーイとあだ名されるオニオンも、実際は、手持ちや足繁く通う場所の友達とはよく笑うし、つっかえず話せる。声の表情だっていつもより豊かだ。友達の姿はたまに他人に見えないので、色々と誤解が生まれるのだけれど。
 夜露に濡れる草地を踏んで、キバ湖を左に見ながらフワライドの縄張りへ入る。いるだろうと思っていたフワライドは、思ったとおり、どこからともなくオニオンとゲンガーの前へ漂ってきた。
「こんばんは」
 オニオンが呼びかけると、フワライドは顔の高さまで降りて来て、ネズへの振る舞いを詫び、自分のしでかした事をオニオンたちに打ち明ける。
「そう……先に、あの人に届いちゃったんだ」
 オニオンより先に、ネズがボクレーの声を拾ってしまった。それでボクレーが、フワライドに泣きつき、フワライドがだいぶ威力を絞った『さいみんじゅつ』を使った、というのがフワライドの語るところだ。
「じゃあ、あの人は大丈夫かな……よかった」
 野生のゴーストタイプを相手に人の名前を晒さないことは、オニオンの癖だった。この子たちは、名前ひとつで、どこまでも執着することがあるから。
 縄張りの端までオニオンたちに付いてきてくれたフワライドを、オニオンは振り返る。オニオンに向かって、フワライドはさよならを言うように、体を左右に揺らした。ボクレーたちをよろしく、と鳴く声は、どういう意味だろう。
 開けた草地が、細い立木の景色にゆるやかに変わっていく。
「ヨノワールも、一緒ならよかったね」
 ボクレーの気配はもうすぐそこだけれど、それ以外に、もうひとつなにかの気配があった。ゴーストタイプのポケモンでも、その幽霊でもない。でも、生きている人間でもない。
 もしボクレーの側にいる「なにか」が、ゴーストタイプのポケモンでも、その幽霊でもないなら。その時は、死した魂の導き手であるヨノワールが適役だった。
「もし、誰かいたら、よろしくね」
 ゲンガーは宙返りした。了解、のサインだ。
 キャンプをしていた場所から、キバ湖を挟んで対岸近く。二人が夕暮れ散策した時に訪れた所に差し掛かると、星と月のもたらす微かな灯りの中、赤い目がふたつ瞬いた。
「……いた」
 予想通りのシルエットが、オニオンたちの前に浮かんでいた。ボクレーだ。
 淋しそうな声をあげながら、ボクレーはオニオンを手招きする。その姿に、ゲンガーが威嚇するように両手を挙げた。
 オニオンはゲンガーを制して、できるだけ相手を怖がらせないように、そろりと一歩踏み出す。
「ごめんね。ボク、きみのオトモダチにはなれないんだ」
 自分の命は、いつかの未来、親友にあげるのだと決めている。親友のゲンガーには今のところ「いらない」と言われているし、オニオンも当然、今のところ渡すつもりはない。
 でも、死は、また必ずやって来る。一度逃がしたオニオンを抱きしめるために。その時、自分とゲンガーがお互い「いいよ」と言ったなら。
 オニオンはそう思っていた。だから。
「だから、きみが、オトモダチを作るつもりで呼んだなら、ボクは手伝えない」
 ボクレーは、ちがう、と、はっきり否定してくれた。オニオンも、そうだろうと思っていたけれど、聞かなくてはいけなかった。ゴーストタイプのポケモン達から助けを請われた時、曖昧に肯定しないこと、きっぱりした言葉で拒絶を伝えること。これは、前のジムリーダーから教わった。「なんでもしてあげる」は、一番言ってはいけない、とも。
「よかった。教えてくれて、ありがとう」
 ボクレーの鳴き声は、まだオニオンには聞こえている。きっと声の主はこの奥の「なにか」だけれど、じゃあ、この「なにか」は、なんだろう?
「ねえ。ボクを呼んでいるのは、誰?」
 オニオンは、恐る恐る確かめようとした。
「この奥にいるのは、ボクレーじゃない、よね? なにがいるの?」
 その言葉で、ボクレーは赤い目をつり上げた。その瞳があやしく輝く。それが『あやしいひかり』だと気づくより早く、ゲンガーがオニオンを守るように前へ飛び出した。
「ゲンガー!」
 ぐるぐると目を回しながら、ゲンガーは、オニオンと真逆を向いて大丈夫と言うと、右手をグッと握った。言っている事とやっている事がちぐはぐだ。
 ボクレーが、黒く半透明の下半身を大きな木槌に変え、オニオンを狙う。混乱したままのゲンガーが、ふらつきながら、もう一度体ごと投げ出してオニオンをかばう。丸い体で逸らした一撃がオニオンの仮面を弾き飛ばした。
「……!」
 急に視界が広がる。
 吹き飛ばされる親友。ワイルドエリアの星空と、ボクレーの赤い目。オニオンはぎゅっと拳を握りしめ、振り向きそうになる自分を懸命におさえた。目を逸らしたら、ボクレーはオニオンを襲うからだ。
 何を間違えたかは分かっている。ボクレーに、後ろの気配について無遠慮に尋ねたせいだ。怒らせてしまった。
 オニオンの後ろで、ゲンガーの声。左右に大きく揺れているので、まだ混乱しているのかも。
 試合の時みたいに集中したいのに、目の前のボクレーではない呼び声が邪魔して、ゲンガーが側にいないのに背筋が冷える。どうにかボクレーと話をしたい、でも、どうやって?
 唇を噛むオニオンへ、ボクレーが再びウッドホーンを打ち込む動作を見せたその時、青紫の炎がオニオンとボクレーの間に割り込んだ。オニオンには見知った炎。
「シャンデラ!」
 オニオンの声に応じるように、湖を越えて飛来したシャンデラは澄んだ声で鳴いた。
 あの人は起きた、みんなオニオンを探している、と、オニオンを振り向かず、シャンデラは言った。その黄色く輝く両目は怒りで吊り上がっている。体から吹き上がる火勢が強まった。
「あ、だめ! その子、傷つけないで」
 シャンデラはマジカルフレイムの予備動作をやめ、大きくしていた炎を夜空に散らした。怯んだボクレーに向かって、オニオンはもう一度、一歩踏み込んだ。
「ボクレー、聞いて」
 オニオンは、シャツの胸元を片手で握る。
「さっきは、ごめんね。きみの大事なものに、失礼な聞き方をして」
 謝罪は許しを求めるものではなく、鎮まってもらうためだ。
「もし、きみが困っていて、それを命以外で解決できるなら」
 ボクレーから目を離さずに、オニオンは続けた。
「それなら、連れて行って。そこに」
 焚き火を囲んでいた時、ネズが、あくタイプのポケモンについて言っていた事を思い出した。誤解で傷つけられるのは、見ていられねえんです、と。オニオンもそうだ。ゴーストタイプのポケモン達が困っていたら、できうる限り、助けたい。
 背中が冷える。この冷たさは、親友がそっと自分の背中から影に潜り込む気配だ。
 通じてくれるだろうか、オニオンは祈るようにボクレーを見つめる。ボクレーの赤い目が揺れる。
『ボクレー、どうしたの?』
 オニオンの目が見開かれた。人間の、男の子の声。
「わ……だ、誰……?」
 思わず声に出す。ボクレーは、驚くオニオンを少し見つめてから、声がした方へとゆっくり飛ぶ。オニオンたちがついて行くことを許したようだった。
 オニオンは、ふう、と胸を押さえて息を吐く。
「ゲンガー、動ける?」
 尋ねられたゲンガーは、オニオンの影から顔を半分だけ出した。あやしいひかりの効果は切れているようで、影の中でモゴモゴ何か言う。
 オニオンは体を折り曲げ、ゲンガーを撫でた。
「いいよ。ありがとう。シャンデラは、カブさん達にボクは大丈夫って伝えて」
 シャンデラはしばらく迷うように体を左右に揺らしてから、オニオンの周りをぐるりと旋回し、キャンプのあるキバ湖の方へ飛んで行った。
 その姿を見送ると、ボクレーの後を少し離れてついていく。ボクレーは時々振り返り、オニオンたちを無言で導いてくれた。
 やがて、木立の間、少し開けた空間が見えてくる。日暮れ前に訪れた時には誰もいなかった崖側の倒木に、ちょこんと腰掛ける人影があった。ボクレーはその隣で、二人を待つ。
 人影はオニオンより少し年上で、逆さにした切り株のような物をかぶっている。ワイルドエリアの幽霊は、この子を見かけたものだったんだろう。
 着ているジムチャレンジャーのユニフォームはボロボロで、下半身はボクレーと同じ。黒く半透明で、両足はない。
 人を惑わすボクレーの泣き声は、頭にかぶった切り株から聞こえていた。
 オニオンは、ひゅう、と息を吸う。目の前の子は、ボクレーになりかかっている。


【farewell, a ghost like me #1終わり #2へ続く】

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