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Ceremony without me

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 今年もジムチャレンジの季節がやってきた。
 ネズは例年通りに自宅のリビングで、開会式を眺めている。例年と違うのは、引退後に環境を整えたホームシアターで見ているというところだ。ポケモンたちに手伝ってもらってレイアウトも少し変えたので、皆が寛ぐスペースも充分ある。妹がいる時は気を遣って出てこないメンバーもいるから、こうして全員で弛緩しているのは久しぶりだ。
 その弛緩ぶりは、日も高いのにネズの片手で揺れている、ローズマリーを浮かべたウイスキーグラスで見て取れる。妹とそのポケモンがいるときには絶対にやらない昼酒だ。手近なローテーブルにはナッツやらチーズやらも置かれている。ソファでだらしなく座る足の間にはズルズキンがおさまり、ネズにテーブルの物を食べさせろとねだっていた。
「はいはい」
 ネズは皿から雑にナッツを一つかみして、ズルズキンに差し出した。嬉しそうに頬張るズルズキンの側頭部を撫でてやる。ネズとマリィの家にはポケモンが飲食できない物はあまりない。酒やカフェインの類だけは、適性のないポケモンが手を出したら妹のメンバーだろうが厳しく叱ったので誤飲もなくなった。この家で一番偉いのはマリィだが、一番強いのはネズなのだ。
「映像、去年よりカネかかってますね」
 無責任に何を言っても、自分のポケモン以外誰も聞いていない。ネズは当事者をやめることの身軽さを噛み締めていた。
 本当は、あわや当事者になるところだったのを全力で断ったのだ。妹からの招待を、傷つけないよう細心の注意を払って。その後、リーグ委員長からライブ出演のオファーがあり、こちらはバカを言うなと蹴り返した。
 エール団の始末を引き受けてステージをはけた自分が、代替わり直後に顔を出すのは、どう考えてもまずい。面倒が起こる。
 ネズは面倒が嫌いだ。特に、自分ひとりでカタのつかないトラブルと、心と行動に齟齬が生じる事。
 ジムリーダーを勤めていた時、ある年を境に開会式に出なくなったのは、出る面倒と出ない面倒を秤にかけて、出ない面倒を取った、というだけだ。ちゃんとした、家族の看護という理由があったのは最初だけだった。
 最初に開会式を欠席した後、方々に頭は下げたけれど、ネズ自身が直接被る面倒は思いのほか少なく、「出なくても別に困らないんだな」と気が付いてしまった。
 ちょうど、リーグ委員会と折り合わない時期だったので、出ようが出まいがタブロイドが大喜びしていたのだ。ゴシップ好きな人間の好奇心は満たされる。自分も、苦手な場所で苦手な人間と顔を合わせないから、ストレスが減る。良いことづくめだ。ついでに、そんな風にふてぶてしいポーズを取ってやれば、ガラルのバトルシーンへの不満をネズに投影している連中が喜んで、少しの間だけネズのおいかぜになる。
 ネズ自身へ興味の薄い人間は、「そうあって欲しいネズ」を求める。それが自分の本質と乖離していると、分かっているがどうでもよかった。だから誤解を招くのだと、よくカブやルリナなどは呆れるのだが、本当のことは、分かってくれる人間だけが知っていれば良い。
 足に挟まるズルズキンがネズの膝から飛び出して、スクリーンの近くにペタペタと走る。他のポケモンたちもスクリーンへ身を乗り出した。
「来ましたね」
 妹が、おさがりのチャレンジャーユニフォームではなく、真新しいジムのユニフォームでバトルコートに現れる。少し硬い表情で、それでも堂々とした足取り。
「……ふふ」
 妹が、ようやく、存在するべきステージに上がった。これからは、彼女がなりたい姿へと戦う姿を見守り、心置きなくエールを送る事ができる。知らない人が怖いと、自分の足にしがみついていた、あどけない頃の姿。初めてあのクールな髪型にした時、「ばりかっこよくしてもらったとよ」とバトルコートまで自慢しにきた姿。ジムチャレンジで、自分の後継を一度は断った時の決心に満ちた顔。ネズは、世界一幸せそうな微笑みを浮かべた。
 今年のスパイクジムは、ジムチャレンジの順を中盤につけている。新しいジムリーダーの初シーズンだと考えれば、メジャーに残れるだけでも上々だ。初年度だったため、大事な業務以外は自分がバックアップし、バトルに専念させたのだが、それを差し引いても本当によくやった。帰ってきたらたっぷり甘やかしてやるつもりだ。
「へえ」
 ダンデのスピーチも堂に入ったものだ。こちらにも、後でねぎらいの一報でも入れてやるか。
 今年のエキシビションは、チャンピオンの希望で2対2のダブルバトル。隣にはチャンピオンがぜひと声をかけたヤロー。ヤローさんの本気を隣で見たいとインタビューに答えていたチャンピオンに、よくぞ選んだと内心快哉を上げたものだ。ヤローは、こちらの戦術に長考しても、必ず打開、あるいは最小の犠牲で対応してくる。ガラルの自然相手に粘り強く付き合う経験が、バトルスタイルに繋がっているのだろう。ただ、良しあしがあって、経験の浅い選手やジムチャレンジャーが、小さなウールーのように思えて本気が出しづらいのだといつか言っていた。
 対戦相手は、キバナとメロン。今シーズンの上位二人だ。ヤローにとっては不利な戦いになりそうだが、さてどうなるか。チャンピオンについては、面白いものを見せてくれるだろうと信頼している。
 グラスを傾けながら、肩入れしているヤローのアドリブに手を叩いたり、相手チームのサイドチェンジで歯噛みするチャンピオンを「おお、青い青い」と微笑ましく眺めたり。自分ならどうするか、勝敗度外視で試したい事も思い浮かぶ。
 チャンピオンたちがどうにか勝ちをもぎ取った時には、いつの間にか隣に落ち着いたタチフサグマに腕を回して撫でまわしてしまった。
「はー……」
 試合が終わり、インタビューとダンデの挨拶で開会式は終わる。余韻に浸るような声を漏らし、ネズはタチフサグマに額を寄せた。
「……いいギグでしたね」
 タチフサグマもそう思っていたようで、同意するような声をあげた。
 オーディエンスに降りて、見える景色もあるものだ。夢中になってバトルを見るのが、こんなに楽しい事を思い出せたし、久しぶりに、ポケモンバトルを見て言葉が腹の底で暴れている。
 ジムリーダー達に勝つことばかり考えて、眉間にしわを寄せ頭をフル回転させていた去年までは、アツい試合でミューズが囁いてくる事は少なかった。
 ネズはプロジェクターをオフにして、ソファから立ちあがった。軽く体を伸ばす。自分の時とスケジュールは同じはずだから、参加している妹は22時には帰って来るだろう。それまでに、一度この言葉を歌に変えてしまいたかった。
「おれも負けてられねえですね」

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