
Singer, Cop, Meowth
previous
next
マリエシティを訪れると、いつもより人出があった。思わず観光客相手の不埒者がいないかと、一瞬眉間に力が入ってしまうが、飯時ぐらいは仕事を忘れるべきだ。クチナシはズボンのポケットに手を突っ込み、ぶらぶらと通りを行く。
昨日から数日にわたって、アーカラ島のハノハノビーチで大きな野外フェスがあるとかで、普段と毛色の違う観光客が、ここウラウラ島にもごった返していた。プルメリが、ガラルから来る誰とか言うアーティストを大層楽しみにしているとかで、派出所に顔を出した時珍しく浮かれていた。
「ガラルねえ」
クチナシは、最近の音楽に詳しくなければ興味もない。わざわざこんな遠くまでご苦労様なことだ、という程度の感想しかなかった。
街行く観光客たちは、スカル団とも違った雰囲気のワルっぽい服装だったり、リゾートを満喫しようと開放的な姿だったりと色々だ。夕暮れ時、ここで腹ごしらえして、天文台に向かうだとか、ラナキラマウンテンを見られるスポットへ向かうのだろう。ポータウンまでは来てくれるなよ、と思いながら、クチナシはローリングドリーマーの入り口をくぐった。
思ったとおり、店は満席に近い繁盛具合。レジ前のスタッフを見ると、相席になると伝え、白黒のドヒドイデみたいな長い髪の男をそっと視線で示してきた。ゆったりした黒シャツに、ぴったりしたジーンズと白いブーツ。土産物屋の袋を一つ下げている。旅行客か。
クチナシは男の腰にぶら下がるダークボールを見て、面白そうに眉を持ち上げた。
「おう。そこのドヒドイデみたいなあんちゃん」
白黒頭は振り返り、あたりを見渡し、自分のことかと言うように彼自身を指さした。
「そうそう。あんちゃんだよ。おじさん、相席でも構わないかい」
「……良いんですか?」
「おまえさん、見たとこ旅行だろ。土産話のタネに、どうだい。おごってやっからよ、いっしょに食っていきな」
クチナシがいつものメニューを二人分注文し、さっさと決済を済ませてしまう。白黒頭は、はあ、と気の抜けた返事をして頷くと、店員の後をついて、おっかなびっくり朱塗りの橋を渡る。それを最後尾から面白そうに見守り、定位置である、奥まった円卓席にかけると、白黒頭は、律儀に頭をさげた。
「常連の方ですよね。すみません、おひとりで食事のつもりだったんでしょう」
クチナシは左肩を軽く上げた。思ったより礼儀正しい奴だ。
「いいってことよ。客にゃ楽しんで帰ってもらわねえとな。あんちゃんも、ハノハノのフェスに来たんだろ?」
「ええ、まあ。そんなところです」
頷く動きと一緒に、チョーカーにぶら下がるシルバーの飾りが揺れた。白黒頭はリングやブレスレットもつけているが、グズマやプルメリの様に武装としてのアクセサリーではないようだ。むしろ、化粧映えする生白い肌に似合うラメの入ったアイメイクや、血色の良く見える口紅、派手なピンクを差し色にしたネイルが彼の鎧なのだろう。
「アローラは初めてかい」
白黒頭はまた頷いた。口をへの字に曲げる。
「思ってたより暑くて、きついですね」
クチナシは肩透かしを食った。社交辞令でも「いいところだ」と言うより前に、それか。
「……少し、スケジュールがタイトで」
自分の視線に気づいたのか、バツの悪そうな顔で白黒頭は肩をすくめる。
「一昨日来て、明日帰るんです。色々回りたいところもあったんで、また来たいですね。今度は妹も連れて」
「妹さんいるのかい」
「ええ。少し離れてるんですけど、いい子ですよ」
そこに、道着姿の男性が頼んでいたZカイセキを運んでくる。
「おまえさん、妹さんにムービーでも送ってやんなよ」
「撮影していいんですか?」
クチナシが頷くと、白黒頭はじゃあ遠慮なく、と、スマートフォンを構える。
「……Zカイセキ、ココニスイサン」
カタコトのカントー語のパフォーマンスに、白黒頭の海色の目が興味深そうに瞬く。徹頭徹尾無言を貫いているため、本当にムービーを撮っているんだろう。
店員の後姿までおさめて、白黒頭は撮影を止めたようだった。
「確かに、妹も面白がると思います」
ついでに、運ばれてきた重箱入りの懐石料理を写真におさめ、円卓にスマートフォンを伏せる。
「不思議ですね。アローラなのにジョウト風で、全然新しいものになってる」
こういう形もあるんですねと、どこか真剣な面持ちで白黒頭は呟いた。
「お気遣いありがとうございました」
なんの、とクチナシは笑って手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
白黒頭もフォークを手に取って手を合わせていた。
「先輩にホウエンの人がいまして。覚えました」
色々なルーツの人間が集まるところにいるんだろうか。だとしたら、イッシュから来たのだろうか。
「ふうん」
白黒頭は、懐石の繊細な薄味を大層気に入ったようだ。食べ進めるテーブルマナーは、イッシュやカロス、ガラルの辺りで見られるものをしっかりマスターしている。見かけによらないもんだと思いながら、当たり障りのない話をいくつかする。
どうやら、この男は年の離れた妹を猫かわいがりしているようだった。
「妹にもなにか、土地の物を買って帰ろうと思ったんですけど、アパレルとかジュエリーで、どこかいいところ知ってます?」
「あー、そうだなあ。アーカラのコニコシティに知り合いのやってる店があるから、フライトまで時間あったら寄ってみな」
ライチの店を教えると、白黒頭は一言断ってスマートフォンでメモする。
「この時間に開くなら、行けそうです。ありがとうございます」
生真面目で、育ちが良いのかと思いきや、どこか荒っぽい目つきも見せる。どういう立場の、どういう若者なのかが見えてこない。恐らく、それなりの社会経験は積んでいるのだろうが。
「……ごっそさん。いけただろ?」
「ごちそうさまでした。量もちょうどいいし、おれはこういうの好きですね……ああ、すみません」
白黒頭は、円卓で振動するスマートフォンを手に取る。
「……妹からでした」
「ああ、その目に入れても痛くない子な」
妹の事を話す時だけ、この男はだらしなく相好を崩す。
「はい。実は今、うちで、ニャースを世話していて。毎日様子を報告してくれるんです。妹は仲良くなってるんですけど、おれには懐いてくれなくて」
イッシュにもニャースがいるんだろうか。野生じゃないのかもしれない。
「お。ニャースかい。おじさん結構詳しいよ」
「一緒に暮らしてるんですか?」
暮らす、と来た。こいつは面白いあんちゃんを引っ掛けたぞと、クチナシは口元を緩ませる。気まぐれで保護しているような人間ではなさそうだ。ダークボールに入れた相棒を、わざわざアローラまで連れてくるぐらいだ。ポケモンに関わっている人間だと踏んでいたのは間違いなかったようだ。
「まあね。それなりの数いるよ」
クチナシは自分の派出所にいるニャース達を思い浮かべる。気まぐれで我儘だけれど、放っておけない可愛い奴らだ。
白黒頭は少し首をかしげて考えてから、クチナシに向かって、幾つかご教授いただけないかと切り出した。
「ブラッシングの時に、じっとしてくれなくて困ってるんですよね」
「光りものあげると大人しいぜ」
「つまり……光っているものがあると、そっちに意識が行ってしまうと」
なにか思い当たったのか、白黒頭はチョーカーの飾りを指でもてあそんだ。
「おれ、普段から、これをよくつけてて。そのせいでしょうか」
揺れるうえに光るのだから、ニャースの絶好の獲物だ。
「だろうな。あげちゃって良い物がありゃあ、交換すると良いよ。磨いた小銭なんか喜ぶぜ」
なるほどなと白黒頭は感心したように呟く。
食後の茶と、相席のサービスだというアイスクリームがサービングされてくる。
「食事の好みが激しくないですか。うち、他にもポケモンがいるんですけど、そいつらと同じものには、絶対に口をつけないんです。きのみもだめ」
「ああー。それは仕方ないわ。おじさんとこの連中も、好き嫌いが違ってよ」
「なるべく自然のままにしてやりたくて、ウェットフード出したくないと思ってるんですけど、難しいですかね」
「そうだねえ。食ってくれなきゃ意味がねえよ」
いつの間にか、対面のアイスが入っていた器は空になっていた。
「あんちゃん、ポケモン好きかい」
ダークボールの下がっているあたりに視線をやると、白黒頭は、バレちまいましたか、と、相好を崩した。妹の話をするときと同じ顔になるものだから、クチナシはこいつは筋金入りだなと確信する。
「好きですよ。この子は、おれの、子どもの頃からの相棒なんです」
そんな筋金入りのポケモン好きに、少しサービスをして島巡りの話を聞かせる。随分興味深そうに聞き入った白黒頭は、豊かな話ですねと言った後、少し眉を寄せた。
「上手くこれに乗れなかった子たちは、きっとつらいでしょうね」
随分率直に物を言うが、その視座がすぐに出てくるのもあまりない事だった。
「確かにな。そういうのがちょっと、暴れてた事はあった」
「なにか、その人たちにも落としどころがあったんですか」
それなら良かった、と、白黒頭は肩の力を抜いた。
「すみません、なんか、ネガティブな事を言うようで。おれも、他がやれることがどうしてもできなくて、結局突っ張るしかなかった時期があったりしたので、すぐそういう方向に考えてしまう」
おしゃべりが過ぎましたね、と、白黒頭は詫びた。
「……いいんだ。気にしてやってくれて、ありがとな。って、おじさんが言うこっちゃねえけどよ」
何とも言えない空気に、スマートフォンの通知が割り込む。白黒頭が画面をから目を上げ、クチナシを見た。
「写真来ましたよ。妹とニャースの。見ますか」
見るとも言っていないのに、白黒頭はクチナシにすいと画面を向けた。男と同じ瞳と髪の色で意志の強さも似通った少女と、ゴワゴワの毛並みをしたニャースが写っていた。
「妹、可愛いでしょう」
いやいや。少女は確かに愛らしいが。
クチナシは隣の、自分の派出所の連中とは似ても似つかないニャースに釘付けだった。
「おまえさん、このニャース、ガラルの?」
「そうですけど……」
つまり、自分たちは、全く別のニャースを思い浮かべたまま、話をしていたことになる。
「……え? ……あー、ああ!」
白黒頭も察したのか、声を立てずに笑い出した。すみませんなどと言いながら、背中を丸めてまだ笑っている。
「そんな笑うかい?」
くくく、と笑う隙間で白黒頭は顔を上げた。
「だって、こんなことあります? お互い別のニャースの話なのに、普通に噛み合って」
「地方は違っても、気性は同じってこった」
ようやっと笑いを引っ込めた白黒頭も、そうですねと頷き、改めてスマートフォンの通知を確認する。目つきが変わった。
「……そろそろ行かないと。慌ただしくてごめんなさい」
「いやあ、面白かったよ」
背もたれに寄りかかって、殊更ラフに見送る姿勢を見せるが、白黒頭は最初の時のように、律儀に頭を下げる。
「色々なお話聞かせていただいて、ありがとうございました。本当に、興味深い土地です。必ずまた来ます」
名刺切らしてて、と、白黒頭は財布から何かのカードを抜き出すと、ペンで連絡先を書き込んだ。
「おれはガラルの、スパイクタウンでシンガーをしています。もしガラルにいらっしゃる事があれば、連絡ください。スパイクタウンでは、ネズの客だと言えば、話が通るようにしておきます」
ネズと名乗った白黒頭は立ち上がり、にやりと笑った。
「うまいエールの店で、今度はおれに奢らせてください。お巡りさん」
そう言ってシャツの右袖を引っ張ると、ネズは手荷物を片手に店を後にした。クチナシは自分の右袖のエンブレムをちらりと見る。制服警官なのはバレていたようだった。
暖かいお茶を啜って、クチナシは、はたと思い当たる。
「ガラルの、シンガー……?」
ひょっとして、今のドヒドイデは、プルメリが言っていた、なんとかいうアーティストか。
渡されたカードをまじまじと見る。ライブパフォーマンス中だろうか、白いジャケットでマイクを前に不敵に笑う姿が印刷されている。
「……いや、リーグカードじゃねえかよ」
ならばポケモントレーナー。背番号061。裏面のテキストを流し読みすると、シンガーとして再スタートを切った、ジムリーダーは引退したが未だ強さは健在、といったような文言が並んでいた。
「変なやつ」
クチナシは、後でプルメリに面通ししてやるかと、カードを無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。
それからしばらく経って、クチナシは実際ガラルに赴くことになるのだが、それは別の話だ。
【Singer, Cop, Meowth 終わり】