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Drink Like Wailord

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 スパイクタウンの通用口そばで、ネズは客人を待っていた。
 週末、6時近く。まだアーケードの外は明るい。待ち合わせには早かったが、顔見知りが自分の街に遊びに来るという事態に、なんとなく気持ちが落ち着かなかったのだ。
 手持ち無沙汰でカラマネロと遊んでやっていると、春先のぬるい空気を吹き飛ばすような羽音が聞こえ、ネズは顔を上げた。座っていた空の酒箱から腰を上げる。
 軽くジーンズを払って、カラマネロはボールに戻ってもらう。シャッター前に向かうと、アーマーガアタクシーがひとりの乗客を降ろしていた。ネズはその大きな逆三角の影に片手を挙げる。
「こんばんはヤロー。よく来てくれました」
 客人は、その巨躯に似合わぬあどけない笑顔でネズに手を振り返す。
「いやあ、どうも。ぼくこそ、今日はよろしくお願いします」



 ネズがヤローに声をかけられたのは、シュートシティのローズタワー。リーグのメジャージムリーダーを集めたミーティングが終わった後だった。いい加減小規模なミーティングはオンラインに切り替えてほしいと出不精のネズは思うのだが、おかげでヤローから声がかかったと思えば、悪い事ばかりでもないのかもしれない。
 聞きたい事があるのだとネズを引き留めたヤローは、仕事の話じゃないんですがと前置きして、ネズに切り出した。
「スパイクタウンに、べらぼうに美味いソクノ・ジンを出す店があるって聞いとるんですが……ネズさん、ご存じじゃないですかねえ」
 なんと酒の話だった。それも、よほどの酒好きじゃないと知らない話。ネズは面食らったが、自分の庭である街の話だ。即座に頭の地図にピンを立てていく。
「あるには、ありますよ。きのみのフレーバーが美味しいジンの店。ただ、おれが知ってる範囲だと三軒あって。店の名前とか、ざっくりした住所なんかは?」
 ヤローは、いやあ、それが、と後ろ頭を掻く。
「ぼくも又聞きで、詳しいこと分からんもので……ネズさんなら土地の人ですし、よく知っとるかと思って」
 そう言われるとネズは弱いのだ。腕組みして、ヤローに尋ねる。
「……他に何か、特徴はないですか。香りでも味でもいいです」
「えー、どうじゃったかな……ああ。ソクノの甘みよりも酸味があって、ボタニカルの匂いが強めだったそうです」
 ネズの地図から残ったピンがふたつ外されて、該当の店が絞り込める。
「ああ、それなら」
 スパイクに活気があった頃、ネズの親がよく自分を預けていた店だ。今も足しげく通っている。ヤローに店の名前を伝えると、スマートフォンで調べているようだった。
「いやあ、助かりましたわ。今度時間のある時に、寄らせてもらおうかなあと思っとるんです」
「スパイクに来てくれるんですか」
 ネズは口元に手をやって考えた。場所だけ教えてたどり着けるほど分かりやすい店ではない。それに、せっかく街に興味を持たれたのだから、いい気分にさせたい。もっと言うと、ヤローがネズと同僚だとバレたら、店のジイさんから、自分の幼児期の失態を吹き込まれかねない。
「おれ、案内できますよ」
 そういうわけで、予定を合わせて二人で飲むことになったのだ。

 タクシーを降りてネズの先導で後ろをついてくるヤローは、ネオンを照り返すアーケード屋根や、古い(ナックルのそれと違い、この街の古いは「歴史がある」ではなく老朽化の言い換えである)街並みを見渡している。
「スパイクはジムチャレンジ以来ですけど、こういうちょっと悪っぽい雰囲気、良いですよねえ」
 今日のヤローは、黒いVネックセーターとライトブルーのダメージデニムに、履き古したレザーのワークブーツだった。なんとなく、街の空気に合わせようとした努力が見て取れる。
「ほら、ぼくんとこ田舎じゃあないですか。だから、こういうネオンも、薄暗い感じも、どきどきしたもんですわ。背伸びした感じって言えばいいんじゃろうか」
 普段のヤローはもっとカジュアルな装いなので、今日のネズはそちらの印象に合わせてしまった。アクセサリーはいくつかつけたが、オーバーサイズのボーダーニットとスキニーで、足元なんかキャンバススニーカーだ。本当に、ちょっとそこまで飲みに、という格好だった。
 ネズとヤローの取り合わせは目を引いたが、ネズがそっと目配せすると、放っておいてくれる。
「そう言ってもらえると、街の人間としては素直に嬉しいよね。ああ、こっちです」
 ポケモンセンターを少し過ぎたところで、左に折れる。アーケードという構造上、スパイクタウンは基本的に直線の道ばかりだ。迷う事はあまりないが、少し曲がるとグラフィティだのステッカーボムだの、昔の名残を残す扇情的な看板だのが増え、度胸のない人間は気後れしてしまうような雰囲気が出る。
 そんな道を少し歩いて、アーケード屋根が途切れたところで更に右に折れる。幅の狭い路地の奥、重たいアーチ型の木戸の上に、白いネオンサインで店名が記されている。ここが目当ての店だった。
「こりゃあ、ぼくひとりじゃ入りにくかったなあ」
「まあ、知らない人間を歓迎する親父でもないですしね。おれに聞いてもらって良かった」
 建付けの悪い木戸の右下、長らくそうされて色の変わっているあたりを蹴ってやると、扉はきしんだ音を立ててネズ達を出迎える。
 長いカウンターと、ボックス席が三つ。狭い店内はフィラメント型の灯りで柔らかくほの暗いオレンジに色づき、店主の趣味で控えめな音量のオールディーズ・バッド・グッディーズ古き良き音楽がかかっている。カウンターの側には古いアップライトピアノが置いてあった。
「どうも。奥空いてますよね」
 おうよと返事した小柄な老店主は、店の一番奥のテーブル席を親指で指した。
 ネズは、最初はおれが払いますとヤローを席に促す。それからカウンターに肘をついた。
「ソクノのジン、ショットで二杯。あとは、おれのロゼリアジントニックと、適当につまめるやつ頼みます」
 ネズがカウンターに出した紙幣を受け取ると、老店主ははいはいと頷いてから、からかうように眉を動かして囁いた。カウンターの他の客も、こころなしかネズを面白がるように見ている。
「ネズ坊が友達連れてくるなんてなあ」
「同僚だって言ってるでしょ。親父さんも今日はお利口にしててくださいよ」
 まったく、とこぼしながら、ネズもヤローの向かいに腰を下ろした。年季の入った傷だらけのテーブルで、ソファも破れたところにつぎが当たっている。綺麗でも新しくもないが、ここで過ごす時間はネズの気に入りだった。
「秘密基地みたいですねえ」
 古いレコード盤のジャケットや映画のポスターが飾られる店内を楽しげに見渡す。
「ネズさん、常連さんなんですか?」
「ここがおれの託児所だったんで。店の親父も常連のジイさんたちも、3歳の頃からおれのこと知ってんですよ。まだ子ども扱いされます」
 酒の味は保証しますよ。そう言っている間に、店主が頼んでいたものを運んできてくれた。つまみはもう少し待てと言われ、店主はカウンターに戻っていく。
「じゃあ……スパイクへようこそ」
「乾杯」
 ネズが軽くショットグラスをつまみ上げる。ヤローのグラスと軽くぶつけ、ヤローは香りを楽しんでから、ネズはそのまま一息で飲み干す。
「……こりゃあ、来てよかったですわ」
 ショットグラスを空にしたヤローは、ほう、と息をついた。
「なかなか飲めないですよ、こんな味わい。確かにべらぼうに美味いですわ」
 クラフトジンは地元の数少ない自慢だ。スパイクで長いことやっている店は、独自のレシピを抱えるところが多い。飲み比べるためにハシゴし、路肩で眠りこける客は昔大勢いた。
 喜ばれたことにひとまずホッとして、ネズはショットグラスと一緒に運ばれてきたジントニックに口をつけた。
「おれは、こっちの方が好きですね。甘いの苦手なので」
 きのみで後から香りをつけたものと、後味の良さが違う。この店のロゼリア・ジンはライムとトニックウォーターでやるのが美味いのだ。
「ネズさんのそれ、ソクノを漬け込む前のやつですか」
「そうです。ここの店のはロゼリア・ジンって言ってます」
 興味がありそうな顔でネズのグラスを見つめるので、ネズは片手を挙げて、ジントニックをもう一杯頼んだ。狭いうえに顔見知りしかいないので、キャッシュオンデリバリーはあってないような店だ。
 実はですねえ、と、ヤローは空のショットを片手で弄ぶ。ヤローが持っているとミニチュアみたいだなとネズはぼんやり思う。
「ぼく、最近、うちのチーズと相性の良いお酒探しとるのです」
 ヤローの実家は大きな農園を営んでいて、野菜や果物、各種香草ハーブの他に、ウールーも育てている。その羊乳で作るチーズがあるらしい。
「ターフはサイダーとか、果実を使うお酒が多いもんで、ちょっと甘すぎるんですわ。これは良いです。いやあ、勇気出すもんですわ」
 おれに話しかけづらかったんだな、と、ネズは少し年下のヤローを微笑ましい気持ちで眺めた。
「おれはターフのサイダー好きですけどね。タルップルのロゴの。妹に最初に飲ませるなら、あれの赤ラベルって決めてます」
「おやあ、それ、うちが提携してるとこですわ。嬉しいんだなあ。ありがとうございます」
 しばらく雑談していると、ローストされたナッツの皿とジントニックが置かれる。ヤローは壁に書かれたジントニックの代金を見て、ぴったりの金額をトレイに乗せた。
「うん、香りが全然違いますねえ」
 グラスに口をつける顔つきを見るに、本当に酒が好きな人間なのだろう。
「こっちの方がぼくも好みだわ。これウチの店でも出したいなあ」
 ネズはナッツをつまむ手を止めた。
「おまえ、パブか何かやってんですか?」
 ヤローは柔らかい明かりの下で照れたように頭を掻く。
「うちの農園が出資してる大きなパブがターフにあるんですわ。ジムチャレンジの時期には繁盛します」
「意外と手広くやってんですね」
 ネズは頬杖をついて口に放り込んだナッツをごりごりと噛む。
「とんでもない。ターフに人呼ぶのに、あれこれやってみてる段階ですわ」
 さっきのチーズに合う酒を探している、という話も、そこに繋がるらしい。
「ジムチャレンジの時期に、ガラル各地のお酒が楽しめるようにしたいんですよねえ。うちのメニューと組み合わせペアリングができれば、なお良いと思っとるんだなあ」
 その土地土地の食べ物や酒を気に入ったら、旅が終わってもそこへ訪れてくれるかもしれない。次の街への楽しみも増える。ジムチャレンジの順が早いターフタウンなら、旅の玄関口として、そういうことができるんじゃないか。
「……なんて、ぼくが美味いお酒が飲みたいっていうのが、一番なんですけどねえ」
 ヤローは、訥々とだったけれど、そんな話をネズにしてくれた。話を聞くうち、ネズはなんとなく頬杖をやめ、身を乗り出している。
「……おまえ、すげえやつですね」
 素直に関心すると、ヤローは謙遜するように、太い手と首を振った。
「ネズさんだって、色々やってるじゃないですかあ。ご自身を付加価値にして、スパイクにお客さん呼んでるでしょう」
 ネズはテーブルに置かれたガラルで一番有名なエールの瓶にライムを押し込んだ。店主に代金を支払い、ヤローの瓶と軽くぶつけて、一口。
「おれは今、下り坂で目いっぱいブレーキ握ってる状態なんですよ」
 空いている片手で、ブレーキレバーを握り込むジェスチャー。
「現状維持してるつもりですが、ゆるやかに下がってる。若めの世代は、ちょっとアングラ感のあるブランディングで若い層取り込みたいって言うんですが、上世代が良い顔しませんし」
 腐っても元は名門スパイクジムの街だ。その頃のプライドを捨てられない人たちは当然いる。
「おれは、そういう上の世代に可愛がってもらったんで、彼らの言うことも蔑ろにもしたくないですし……ちょっと身動きとれなくなっちまって」
 わかります、と、ヤローも深く頷く。
「うちは、ぼくがおやじと喧嘩しとります。家族なぶん、お互いに遠慮がなくっていかんですねえ」
「ちゃんと話せるなら、まだいいですよ。お互い聞く耳持たなくなったら最悪です」
 そうやって二人で話してみると、思っていたより共通項が多いことが分かってきた。下にきょうだいがいて、地元を盛り上げたいが、なかなか思うようにいかない。ネズはジムの運営に噛んでいて、ヤローは農場の経営も学んでいる。街の抱えている事情はそれぞれ違ったが、やりたい事は似通っている。
 お互い、ジョークを交えて重くならない程度の愚痴を交わし合ううちに、エールの空き瓶は増えていった。
「いやあ、ネズさんとこういうお話できるのが意外でした」
 ネズが追加でストレートのジンを二杯頼んでいると、血色の良くなった顔で、ヤローはセーターの袖をまくった。
「他のジムリーダーさんとか、農業関係の人とは、こういう突っ込んだ話がやりにくくって。ジムリーダーになってもファーマーの方が本業みたいに思われたら、悲しいんですよねえ」
「分かります。どっちもこっちは真剣にやってるんですけど、副業やってるとチャラついてるみたいな空気がね。あ、勝手に酒頼んじまいましたけど、まだいけますか?」
「いけますいけます」
 ぼくアルコールは強いんだな、と、ヤローは人好きのする笑顔を浮かべる。
「じいちゃんからは、ホエルオーだなんて言われとります。くさジムのジムリーダーなのに」
「おれもですよ。ここの親父から……」
 言いかけたところで、ショットグラスとチェイサーの入ったグラスを店主が運んでくる。
「はいよ。二人ともホエルオーんごたぁ飲みよるけん、こっちも気持ちいいわ」
 ネズとヤローは顔を見合わせて笑った。大酒飲みの事を『ホエルオーのように飲む』と言うのは、彼らの祖父母世代のスラングだった。
「おまけね」
 薄く切ったバゲットにサシカマスやハムの燻製とハーブが乗った皿をネズ達に出してくれた。
「坊が大人んなって、初めて外から連れてきたお客さんやけんね」
「余計なこと言わんでいいですから」
 ネズが顔をしかめると、店主は笑いながらカウンターへ戻っていった。
「確かに、ネズさん可愛がられとりますねえ。いただいていいですか?」
 どうぞ、と勧めるや否や、ヤローがバゲットを齧る。んん、と美味そうな声をあげて目を閉じた。
「これ、ジンと同じジュニパーベリーとハーブで燻してんですよ」
「なるほどなあ」
 ネズもサシカマスの燻製が乗ったバゲットを口に放り込んだ。塩気と、ジュニパーベリーの松のような爽やかな香りが抜けていく。バゲットに塗られたサワークリームの酸味がサシカマスの脂にマッチして、手元の酒が進む。
 ヤローの方は、チェイサーの水を飲んで、もう一口。目つきがやや真剣さを帯びている。
「これ……サワークリームに何か入ってますねえ。オボンの皮刻んだやつでしょうかね」
 ネズはエールの瓶を傾けながら舌を巻いた。さすが、食材を育てる側の人間だ。
「その隠し味一発で当てたやつは、親父から一杯奢って貰えますよ。おれはダメでしたけど」
 ネズはカウンターに視線を投げ、店主に「こいつ、当てましたよ」と声をかける。カウンターから店主が嬉しげな足取りで出て来るのと入れ違いで、ネズはボディバッグを片手にソファから立った。
「少し外します」
 奥の化粧室へ入るとネズはスマートフォンを見る。ネズ達の後見人である女性から、彼女の家で映画を見ている妹の後ろ姿を収めた写真が送られてきていた。マリィはこちらでリラックスしているので、ゆっくりしてこい、と添えられており、短く礼を送信する。
 メイクを軽く直すなどして席に戻ると、ヤローは店主からのおごりでエールを飲んでいた。
「お待たせしました」
「いえいえ。ついでに、お酒卸してほしいって話もできました」
 ヤローは照れ臭そうに、そばかすの散った鼻のてっぺんを掻いている。
「抜け目のねえやつですね」
「ネズさんにも失礼のないように、しっかりやらせてもらいます。あ、すみません。ぼくもちょっと」
 今度はヤローが席を立った。ヤローが化粧室へ入るとネズも立ち上がり、カウンターへ向かった。店主にオーダーする。
「ありがとうございました。あいつも楽しんでたみたいです。最後におれにショット一杯ください」
「あの子、まじめそうじゃなかね。ネズ坊の友達にゃ、勿体ない子じゃなかと?」
 カウンター越しに店主から頭をぐしゃぐしゃにされるが、酒のせいか、同僚だと訂正するのも面倒になってしまった。
「ロゼリア・ジンの話は、書類貰ったらまた相談するけん、頼むばい」
「任せんしゃい」
 ショットグラス片手に席に戻るとスマートフォンの電話帳を検索し、電話を一本かけた。
「遅くにどうも。ネズです。え? はは、違うばい! 客連れて行くけん、いつもの二人分用意してもらってもよかですか? 同僚ですよ。ここのこと気に入ってくれたそうなので……はい。ありがとう、よろしく」
 電話が終わったところで、ヤローが戻って来て、対面に座りなおした。
「お待たせしました。今日はすごい楽しかったです。いいお店もあるし、ネズさんとも、またお話したいんだなあ」
 それから、いやあ、言ってしまいましたと、ヤローはチェイサーの水を一気に飲み干す。ネズも悪くない提案だなと感じていた。色々重なる境遇にシンパシーを覚えたし、なにより、お互い同じペースで飲んでも相手が潰れないというのは良かった。
「今度はおれが酒持ってターフに行くんで、おまえのとこの美味いもの紹介してくださいよ。お互い行き来する分には、合同練習だとか交流戦だとか、何とでも言い訳できるんですから」
 ネズは人の悪い笑顔でそう言った。ジムが試合に使われた場合、公式、非公式を問わずジムの業績として反映される。例えばそれがジムリーダー同士の、非公開合同練習であってもだ。
「うわあ、悪い人じゃあ」
 愉快そうな声をあげ、ヤローがテーブルに突っ伏して笑う。気分が良くなると、ヤローは大きな声で笑うのが癖のようだ。
「ところでヤロー、次行けそうですか」
 ヤローがテーブルから顔を上げた。
「ぼくは嬉しいですけど、妹さん大丈夫ですか?」
 ネズが妹と二人暮らしであると把握したヤローは、当たり前のように気遣ってくれる。ネズは人の悪い笑みを崩さず、ショットグラスの中身を干した。
「おれがその辺をぬかる訳ないでしょ。大丈夫ですよ。次、おれのおすすめの店でも?」
「もちろん!」
 ヤローの快諾に、ネズは立ち上がった。
「ちょっと歩くんですが、シェパーズ・パイがべらぼうに美味いところがあるんで、そこにしましょう。それが店で作ってるエールに合うんです」
「もしかして、マッスグマのラベルですか? 飲んでみたかったやつですわ。ぜひ連れてってください」
 ヤローも立ち上がり、身の回りの品をポケットへしまうとネズの後を追う。
「また来るけん、それまで生きとるんよ」
 ネズはカウンターで店主にお決まりの挨拶。
「お酒美味しかったです。また来ますねえ」
 その後ろでヤローが店主に片手を挙げ、声をかけている。来た時と同じく建付けの悪いドアを蹴ったネズは、ヤローを先に店の外へ出してやる。風通しの悪い空気は湿度を孕んだ生暖かさで二人を出迎えた。
 そんなぬるい空気を、二匹のホエルオーは泳ぎ始める。

【Drink Like Wailord 終わり】

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