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Alcohol Waltz

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 家、欲しいな。
 そう思ってから決めるまでは早かった。
 借りていた家にささいな不満が積み重なっていたところに、キバナがずっと欲しかった物が、彗星のように現れた少年にさらわれて。派手に憂さ晴らししたい気分だったのも良くなかった。
 これはポケモンとオレさまの快適なリスタートのため、そう言い聞かせてナックルの外れにある、もとは貴族の小さな別荘だった物件を購入した。使う暇がなくて溜め込んでいた財が役に立った。
 ところがそれをリノベーションするのに、二年近くかかってしまった。せっかくだからとカブやヤローから知恵を借り、キバナの我儘を詰め込んだせいだ。
 貴重な施工事例として工務店のSNSにも掲載されるような、こだわりの詰まったキバナの巣。招いた家族にも、旧友にも、他のジムリーダーたちにも褒められた。
 それがこいつらにかかれば、ただの新しい遊び場なのだから、本当に呆れてしまう。
「新居の完成、おめでとうございます」
「おめでとうだぜ!」
 最後に招いた客たち……ウイスキーのボトルとリユーザブルバッグをぶら下げたネズと、大きなバスケットとジュラルドンのルームシューズを携えたダンデは、早く中を見せろと急かすようにポーチに立っていた。
「ようこそ。そこのタイルで靴脱いで上がって。部屋履き無しのスタイルだから、そのまま」
 手持ち全員が悠々過ごせる広いリビングに二人を案内し、手土産の食料を冷蔵庫へ収める。ネズはスパイクタウンでキバナが気に入ったカレーの他に、ポケモンたちと食べられるドーナツを二箱も。ダンデはシュートで評判の店で、グリルチキンとハッシュドポテトをテイクアウトしてきた。カレーと揚げ物だなんて、食べ物のチョイスが子どもと変わらない。
「オレ、家だと基本素足なんだよね。サダイジャとヌメルゴンがいるから、そっちの方が楽でさ。ダンデのやつは、あいつらが入らない書斎で使うよ」
「だから言ったじゃないですか、生活雑貨は暮らす相手に訊けって」
 ダンデはネズのお小言に眉を下げた。あまり真剣に聞いてはいないようだったけれど。
「なあキバナ。手持ちは出さない方がいいか?」
 こういう気遣いはきちんとできるのになあ、と、キバナは同じく眉を下げた。キバナのポケモン達が新居に慣れたかを気にしているのだ。
「大丈夫かな。一応、ジュラルドンに訊いてくれ」
 ジュラルドンは日の当たらないリビングの一角で、じっと来客を観察している。そこに向かって、ダンデは大股で歩んでいった。
「やあジュラルドン。新しい巣ができたんだってな。おめでとう! これはオレからの贈り物だ」
 ダンデがバスケットから取り出したのは、キバナが普段使っている研磨剤だ。濃紺のリボンがかかっている。
「他のみんなには、好きな味のきのみを持ってきたんだ。これと合わせてキバナに渡すからな。後で使ってくれ」
 対人間はことごとくポイントをずらすダンデだが、ポケモンの事では間違いがない。
「なあ。キミさえ許してくれるなら、オレやネズの相棒と遊んでやってほしいんだ」
 ジュラルドンは、じっとダンデを見つめたあと、重々しく頷いた。
「サンキューだぜ、ジュラルドン!」
 ダンデは歯を見せて笑うと、腰のボールからリザードンとドラパルト、オノノクスを出した。キバナは、ダンデの贈り物であるルームシューズを片手に苦笑いする。
「オレさま、アイツのああいうとこ、嫌いじゃないんだよなあ」
「腹立たしいけどおれもです。タチフサグマ、ジュラルドンに挨拶していらっしゃい」
 そうしてポケモンたちが一通り挨拶を済ませたところで、キバナが人間たちを手招きする。
「見せたいとこがあるんだよ。こっち!」
 トレーナー仲間には、真っ先にここを紹介している。リビングからコンサバトリーはシームレスにつながり、コンサバトリーのドアから、メンテナンス用の区画に短い廊下で繋がる構造だ。
 若手達は賑やかに、大人たちはそれぞれの分野で興味深そうにリアクションしてくれたが、さて、こいつらはどうだろう。
「ここも耐火仕様ですか?」
 ネズが壁に触れて尋ねる。
「そう。見えるとこは漆喰にバンバドロの泥を混ぜてあって、外壁と漆喰の間に耐火パネル挟んでる。家のガラスも衝撃に強いやつ」
「バクガメスも安心だな。壁が厚ければ防音にもなるし、ポケモンたちが気兼ねなく遊べていいじゃないか!」
「そういうこと。で、ここがオレさまたちのメンテナンスルーム」
 ダンデとネズから、異口同音の感嘆が上がった。
 煉瓦造りの小さな厩舎だったところだ。手前に作業テーブルと、メンテナンス用品が並ぶ造り付けのキャビネット、奥には石造りの広く浅いバスタブがある。一番奥にシャッターをつけていて、庭からそのまま入ってくることもできる。
「とにかく、メンテの水回りラクにしたくってさあ。だったら外に作っちまおうと思って!」
 壁際のスイッチでシャッターを上げる。
「砂なら庭に出しちまえば良いですもんね。ストレスなくなるでしょう」
「マジで最高。でも、ヌメラとかヌメイルはそういうの難しいからさ」
 バスタブにはヌメラやヌメイルの粘液に強い加工を施してもらった。ヌメイルたちの粘液は、希釈すれば毒性は薄まるのだ。
「オマエんちのやり方参考にしたぜ。ありがとな!」
 ネズに礼を言うと、ダンデが興味ありそうにキバナを見る。キバナは、ネズの家では前庭にプールを出して、兄妹揃ってオーロンゲを洗っている話を聞かせた。今度見せてくれと目を輝かせるダンデに、ネズが、一緒に働いてくれるならいいですよと応じる。
「そうそう、シャワーで思い出した。この洗い場、温浴もできるの」
「キミのサダイジャの脱皮を助けるためだな?」
「正解! あいつ、お湯は嫌がらないけど、前の家だと、バスタブがオレさまとサダイジャには手狭でさあ」
 この二人の打てば響くような反応に、まるで好きな物を話し続けるティーンのようになってしまう。
 ダンデは、ポケモンのために設えた全てを目ざとく見つけ評価してくれるし、ネズの方は、モーゲージや快適な暮らしの為に行った折衝、キバナの暮らしやすさに注目した感想を衒いなく口にする。
「ここで暮らすポケモンたちは幸せだろうな」
「おまえも、住みよい場所に落ち着けてよかったね」
 それぞれから最高の言葉をもらって、キバナはとけるように相好を崩した。



 ネズの持ち込んだ祝いのウイスキーは大事に鍵付きの棚にしまってあるが、あの酒好きが持ち込んだのはウイスキーだけではなかった。カレーに合うスパイクのクラフトジンに、ダンデも飲みやすいと言っていたエールが何本か。
 ポケモン達の夕食を済ませてからそれらを並べて、手土産のお子様セットも広げた。三人でジントニックのグラスやエールの瓶を手に手に、キバナの新居完成を祝って乾杯。
 大きな壁掛けテレビで、ポケモンバトルの専門チャンネルを流しながら持ち込まれたカレーやチキンをリビングのソファで食べる。家の話、テレビで流れる試合の話、使ってみたい手持ちの話、とにかくとっ散らかりながら、楽しい酒宴はたけなわだった。
 そんな時、「ここは広くてダンスホールみたいだな」と言い出したのはダンデだった。
 酔っぱらったキバナたちが集まるとロクな事を考えないが、キバナもネズもそのころには、ダンデの冗談を笑いながら真に受ける程度にできあがっていた。
「それなら音楽はおれに任せなよ」
 ネズがギターケースを開ける。いかついバンドステッカーの上から、星やポニータなどの、ネズの趣味でない可愛いシールがベタベタ貼られたアコースティックギター。妹が幼い頃に施した悪戯の跡を、ネズは大切に取っておいている。
「ネズが? 誰と踊るんだ?」
 ダンデが尋ねる。キバナはテレビを消して立ち上がった。
「オマエが躍るんだよ! 踊れそうだって言ったのダンデだろ」
 ワルツでもやるか? とネズに目配せすると、ニヤリと笑って頷いた。
「キバナ、しっかりエスコートしてやりなさいよ」
 くすぐられるような笑い声でキバナは応じる。ダンデは腕をまくってキバナの正面に立った。
「オレは下手だから、お手柔らかに頼むぜ」
「良いんだよ、オレらしかいねえんだ、堅苦しいの抜きでいこうぜ」
 スイと姿勢を伸ばし、ダンデの手を取って片手を背中に回せば、陽気な三拍子のストロークが始まった。合間にボディを叩いてリズムを取りながら、酒で温まったネズの喉は、少し掠れた声で、のんきなメロディをスキャットする。
 簡単なクローズドステップで、広いリビングを四角形に踊るキバナたちを、ネズが目を細めて見ている。いつの間にか、ネズの傍らには相棒のタチフサグマが遠慮がちにリズムに乗っていた。
「なあちょっとネズぅ!」
 しばらく大人しくしていたキバナが、我慢できなくなってゲラゲラと笑う。
「オレさま、さっきから足踏まれてる!」
 ネズの歌が詰まった。押し殺した笑い声で体が軽くのけぞるが、ギターを鳴らす手は止めない。
「だって、ワルツは難しいぜ!」
「ネズが速いんだよ! もうちょいスローなやつ頼むわ」
「面白いから嫌です」
 笑い混じりで、口ずさむメロディに言葉を乗せた。ひでえやつ、と、キバナが陽気な声で笑う。ダンデもつられたように笑った。
「オマエたちといると、退屈しないぜ」
 それを聞いたキバナとネズが「それはよかった」とユニゾンした。それが面白くて、また笑う。
「キバナ、ダンデ。おまえらのプリンセスがお待ちですよ」
 ポケモンたちが興味深そうに、踊る大柄な男二人を見ている。それならばと、キバナたちは即座にパートナーを解消した。お互い仰々しく一礼し、次のパートナーたちへ向かう。
 キバナは恭しく一礼し、ヌメルゴンに手を差し出す。ダンデもオノノクスの牙が当たらないように両手を結ぶ。
 ネズのギターがスローなバラードになった。歩幅の小さいヌメルゴンとオノノクスに合わせている。ポケモン達には優しいやつだ。
 冷たく弾性の強い粘液を纏わせるプリンセスの手を取り、ニコニコ笑顔の彼女を見つめる。ヌメルゴンが躓かないよう、ゆっくり左右に、小さなステップを踏む。キバナが彼女を見上げれば、ヌメルゴンはそのエメラルド色の目を細める。短い方の触角が小刻みに揺れるので、ああ、彼女も嬉しいのだなと安堵した。
 クラブカルチャーも年頃の青年並みにたしなむキバナは、信用できる友人と、オールナイトのイベントに足を運ぶことがある。真夜中、眠気とアルコールに任せチルハウスの静かな四つ打ちに体を預ける心地よさも好きだったが、こうしてゆるやかな三拍子に合わせ、自分が愛情を注ぐポケモンと踊るというのは、格別に胸が弾んだ。前の家では踊るなんて考えたこともなかった。
 ダンデの方はと言うと、キバナよりやや不器用に、赤いネイルチップが乗ったようなオノノクスの爪を一本ずつ握って体を揺らしている。鋭い牙で傷つかないよう体をぴたりと寄せた姿は、チークダンスのようだった。オノノクスもダンデもキバナたちと同じ表情。
 まるで浮かれたプロムだなとキバナは笑いながら思う。
 友人は多いと自認するキバナだが、ダンデやネズといる時の、妙に子どもに戻るような感覚は他の友人たちとは分け合えないものだった。
 理由は、なんとなく分かっている。
 世で青春と呼ばれるような少年時代を、自分たちは、大人のようにふるまっていたから。ダンデはそのように求められ、ネズはそうでなければ生きていけなくて、自分はライバルと同じ場所に立ち続けるという野望のためだったけれど。
 だからオレたちは、ぽっかり抜け落ちた「そのころ」を埋め合わせるように、三人でバカをやるのかもしれない。
「お熱いですねえ」
 感傷に浸っていると、ネズがキバナたちに向かって保護者面で笑った。



 目を覚ますと観葉植物の鉢と目が合って、キバナはここがコンサバトリーのソファだと気づく。
「……んあー、やった」
 昨夜の記憶を掘り起こす。ネズの演奏で手持ちのみんなと愉快に踊ったあと、キバナが自分のスマートフォンから好きなダンスナンバーをかけて、ネズを踊りの輪に引っ張り込んで。
 それからどうなったのかあまり覚えていなくて、ただ楽しさと頭痛が、今のキバナに残ったものの全てだ。
 まさか、このキバナさまがベッドに戻らなかったなんて。
 額を抑えるキバナに気付いたのか、足元のタイルで眠っていたヌメルゴンがゆったりと身を起こし、キバナに笑いかけた。ここのコンサバトリーは、キバナが絶対に欲しいと思って作りつけた。狙い通りキバナのポケモン達にも気に入ってもらえた。自然光がたっぷり入るけれど、ジュラルドンの為に日陰が必ずできるようになっている。
「ゆうべは楽しかったな」
 キバナはヌメルゴンに囁いた。ダンデとネズと家で集まると、十中八九羽目を外す。休日前に呼んでよかった。
 目の前のローテーブルにメモが置いてある。摘まみ上げると、走り書きと、ネズのチャーミングなサインが添えられてる。
『レコーディングあるんで帰ります。鍵はドアポスト。冷蔵庫見て下さい。あと客間のマットレスのメーカー教えろ』
 ネズはちゃっかり客間で寝たらしい。三人の中で一番アルコールに強い。正体を失くす前に自分だけ真っ当な人間として一日を終えたのだ。あくタイプめ。
 メモの通りに冷蔵庫を開けると、小さめのココット鍋が入っている。自分の長身に合わせたカウンターに乗せた。キバナは自分に付いてきたヌメルゴンを振り返り、クリスマスプレゼントを開けるように蓋を開ける。クタクタに煮込まれた野菜のスープが現れた。
 ふは、と、キバナは八重歯を見せて笑った。
「ダンデ、ネズ兄ちゃんが朝ごはん作ってくれてるぜ、起きろ!」
 キバナは、リビングのソファでとんでもない姿勢を晒して眠りこけるダンデに声をかけた。

【Alcohol Waltz 終わり】

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