
Sinisteatime
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「ゲン?」
「どうしたの?」
友達のゲンガーが不思議そうに体を右に傾けるから、オニオンも同じ方に体をコトンと傾けた。
事故の後ラテラルで暮らす祖父母の家に引き取られたオニオンは、ご近所の探検にいそしんでいるところだった。
お屋敷はゲンガーと一緒に回りつくしてしまって、オニオンは新しい友達のヒトモシも連れて、家の裏手にある森へ足を伸ばすことにした。家の手伝いをしているイエッサンに、おやつと紅茶の入った水筒をつめたバックパックを持たされたオニオンは、祖母に夕方までには帰っておいで、と、送り出された。
ルミナスメイズにも繋がっている森は木々が深くて、午後の日差しも柔らかく遮っている。両手に抱いたヒトモシが、自分に任せて、と、青紫の炎で道を照らしてくれるのが頼もしかった。
「なんだろうね、これ……」
隣を歩くゲンガーが立ち止まったのは、目の前に広がる、奇妙な風景のせいだった。
目の前の切り株に、アフタヌーンティーの支度が整っていた。ティーポットとティーカップの下には、ボロボロのレース編みのクロスが敷かれていて、お客様が座るのを、今か今かと待っているよう。
ゲンガーが首を傾げたまま、ティーカップを、じいっと見つめる。その睨むようなゲンガーの真っ赤な目が怖かったのか、ティーカップのひとつが、ぴゃっと跳ねた。
「わあ……ヤバチャだ……!」
初めて見るポケモンに、オニオンはヒトモシを抱いたまま、お茶会の席に駆け寄る。まだ幼いオニオンには、ゴーストタイプのポケモンの方が、初対面の人間に比べたら怖くない生き物だった。
「……あ」
駆け寄った切り株の裏に、ボロボロのバスケットと、古びた靴が片方だけ落ちているのをオニオンは見てしまった。
「……これ」
顔を曇らせたオニオンに向かって、ヤバチャが切り株の上から、それは自分の物だと言った。
「えっと……きみの?」
ヤバチャは、ヤバチャになる前ここで誰かを待っていたらしい。その人が来なくて、寂しかった気持ち、その人とここでお茶会をする約束の二つしか覚えていない、と、オニオンに教えてくれる。
「どうしよう?」
オニオンはゲンガーを振り返る。まだオニオンには、良いものと悪いものがよく分からない。こういう困ったときはゲンガーを見ると、だいたい分かるのだ。
ゲンガーはオニオンの前に進み出ると、ヤバチャと何かゴニョゴニョ話した。やがてオニオンに向かって、こいつは大丈夫だ、と、頷いた。
それを聞いて、オニオンはバックパックを下ろした。欠けたティーカップに、自分の水筒から紅茶を注ぐ。足りないものは……
「あとは……あ! 待っててね」
しゃがみ込みとバックパックの中をがさごそと探るオニオン。その後ろから、ゲンガーも覗き込んでくる。
「これ……じゃなくって……こっち……?」
痺れを切らしたゲンガーがヒトモシを持つとオニオンの頭にかざし、バックパックの中を照らしてくれた。
「あ……ありがとう……見つけた、よ」
オニオンが探していたのは、赤と黒のタータンチェック模様のパッケージ。出がけに渡された、チョコチップ入りのショートブレッドだ。
「えっと、これ……よかったら……」
袋を開けて、半分ほどをレースのクロスに乗せてあげると、ヤバチャはテーブルから飛び上がって喜んだ。そのまま、遊園地のティーカップみたいにクルクルと回って、オニオンに飛びついた。
「わ、まっ」
待って、と言おうとした。その口に、紫色の液体が飛び込んでくる。
「ん……!」
ヤバチャの中身だと理解するより早く、粉薬を直接舐めてしまった時の苦さ、ツンと鼻に抜ける刺激、祖父の手作り野菜ジュースに似た青くえぐい味が、いっぺんにオニオンの舌で弾けた。
「う……」
おいしくない。体は吐き出したいとえづいているけれど、ヤバチャがくりくりした目を期待で揺らしているものだから、オニオンは、ぐっと両手を握りしめると、息を止めてそれを飲み込んだ。
息を止めていたせいか、頭がクラクラして、少しよろけてしまう。殊更ゲンガーが心配そうに背中を支えてくれた。
「ありがとう。ボクは平気だよ」
ヒトモシが、その体では一抱えする水筒を頑張ってオニオンへ渡してくれる。中の温かい紅茶をゆっくり飲んで、ようやくオニオンは落ち着いた。
「あの……えっと、わけてくれて、ありがとう……」
ヤバチャが、もう一杯どう? と体を傾けるものだから、慌てて両手を振って止める。
「もっ! もういいよ! だいじょうぶ!」
それがあんまり必死だったからか、ゲンガーが後ろでお腹を抱えてゲラゲラ笑っている。オニオンの頬が膨れる。オニオンはヤバチャを手招きして、ゲンガーを指さすと言った。
「ボクのゲンガーが、ぜひ、きみを飲みたいって」
オニオンの仕返しに、ヒトモシを放り投げてぴゅうと逃げ出すゲンガー、それをフワフワ追いかけるヤバチャ。
両手でヒトモシをキャッチしたオニオンは追いかけっこする二人――オニオンにとって友達は匹や頭で数えるものではないのだ――に、思わず目を細めた。
「ふふ」
ゲンガーがベロを出しながら紫色の液体を吐き出しているのをヤバチャが叱っている。あの子は飲んでくれたぞ、それでもゴーストタイプか、と言うのを、自分の友達は分かってないんだ、もうやるな! と、ゲンガーが言い返す。もしかして、飲んだらいけなかったのだろうか。
「ねえ。あの子、オトモダチになってくれるかな?」
ヒトモシの不思議な炎が、そうだね、と言うように大きく揺れた。
「ふたりとも、戻ってきて。お茶会、するんだよね?」
その一言でヤバチャは宙を跳ねて切り株のテーブルに戻り、ゲンガーはしぶしぶオニオンの影から姿を現した。
そうして始まった森のアフタヌーンティーは、たいそう愉快だった。ヒトモシとヤバチャは随分仲良くなったし、ゲンガーも、悪くなさそうに過ごしている。
けれど、森の夕暮れがオニオンの体を冷たく撫でて、そろそろ時間だと告げてしまう。
「もう帰らないと」
オニオンが立ち上がると、ヤバチャは、みるみる悲しそうな顔になった。カップの縁も心なしかひしゃげている。そのヤバチャを小さな手のひらに乗せて、オニオンは尋ねた。
「あのね。もし、きみがさびしいなら、ボクと来る?」
ヤバチャは自分で用意したティーセットとオニオンを交互に見た。それから、オニオンに向かって一本しかない腕でお辞儀するようなポーズをとって、オニオンの肩口にひょいと乗った。
「えっと……ボクは、オニオン。よろしくね」
オニオンが挨拶すると、あーあ、またうるさいのが増えた、と、ゲンガーがぼやいたのが聞こえた。
【Sinisteatime 終わり】